だれかに話したくなる本の話

日本文化をテーマにいかに馬鹿馬鹿しいことをするか。小学館“三大奇人”の一人が仕掛けるウェブメディア戦略

「日本文化の入り口マガジン」というキャッチコピーに、かなり尖った見出し。短い文章が好まれる時代に「2000文字以上書いてほしい」と編集長が指示し、時には10000文字を超えるコラムが掲載されることもある。
高尚で近寄りがたい日本文化のイメージを、颯爽と親しみやすいものへと変えてしまうウェブメディアがある。「和樂web」だ。

「和樂web」は小学館が刊行する隔月誌『和樂』のウェブメディアとして誕生したが、その雰囲気は一線を画す。良い意味でくだけていて、日本文化のパブリックイメージである「高尚さ」を微塵も感じさせない。

「会議中にアソコを丸出し!『今昔物語集』に残る、平安貴族のお下品ないたずら」
「拙者、太閤様の夢を見た…。加藤清正の夢占い。その深層心理を勝手に徹底分析」

このスタイルは、雑誌を元にできたウェブメディアの中で極めて異端と言える。

さらに、メインサイト(母体)を持ちつつ、そこだけにリソースや情報をフォーカスさせない。
「note」にはメインサイトと遜色ない記事をアップしたり、自分たちの手の内をさらけ出すかのごとく編集方針やノウハウを披露したりし、17000人以上のフォロワーを持つ。
SNSもさまざまなプラットフォームに乗り出し、zoomでは「スナック」風のオンラインイベントを毎週開催。さらに、オーディオブック配信サービス「audiobook.jp」でスタートした音声番組『和樂webの「日本文化はロックだぜ!ベイベ」』では、日本文化の深く、そして複雑な話を聞きやすいトーンで解説する。

小学館内で「三大奇人の一人」と呼ばれているという編集長のセバスチャン高木氏は、ウェブの世界で一体何を実験しようとしているのだろうか。新刊JP編集部はリモートにてインタビューを行った。

(取材・文:金井元貴)

■尖った見出し、自分の経験に基づく文章。日本文化の入り口を提示する

――今日はよろしくお願いします。まず「和樂web」をスタートする前、高木さんは何をされていたのですか?

高木:もともとは雑誌の『和樂』に編集として17年ほどいまして、最後の3年間は編集長でした。そこにちょうど社内事情で『ウェブメディアを立ち上げろ』と上から言われて、立ち上げたのが『和樂web』です。 ただ、僕自身はまったくウェブの世界に知見がなかったので、最初は雑誌のウェブ版程度に考えていたんですが、ちょっとこれはユーザー層が全然違うぞ、と気づきまして。

――知見がないとなると、戸惑いだらけだったのでは?

高木:そうですね。そもそも紙とウェブでは編集のテクニックがまったく違うんですよ。雑誌は平面上で編集をしますが、ウェブはベクトルが横だけでなく上にも斜めにも行けるというか、重層的なんですよね。メインサイトだけで完結するのではなく、SNSやnoteといったものもあって、自由度が高いんです。それに気づくまではつまらなかったですけど(笑)、そこに気づいてからは面白く感じるようになりました。

――「和樂web」メインサイトの記事のバリエーション豊富さは目を引きます。「プロ野球開幕!今年も「神整備」で選手とファンを魅了する阪神園芸から目が離せない!」という見出しの記事を読んだときは、スポーツ系のサイトなのかな?と思ってしまいました。

高木:「阪神園芸」も行き着く先は日本文化なんですよ。実は日本文化ってすそ野が広くて、入り口がたくさんあります。ただ、どこから入っても行き着く先は同じなんですよね。富士山の登山口のようなものと考えてもらえると分かりやすいかもしれません。富士山には複数の登山口がありますが、たどり着く頂上は一つですから。

「日本文化の入り口マガジン」というキャッチコピーなので、たくさんの入り口を提示したいと思っています。「阪神園芸」も入り口の一つですね。おそらくこういう記事は雑誌の『和樂』ではできないと思います。ウェブならでは記事です。

――読まれる記事の傾向、これまで最もヒットした記事について教えてください。

高木:うちは変な記事がヒットする傾向があります。まあ、変な記事ばかりが載っているということでもあるんですけど(笑)。ライターは70人くらいいて、毎週書きたいテーマを見出しとともにあげてきて、僕がジャッジをするんですけど、やっぱり尖った見出しの記事が多くなりますね。

これまでで一番ヒットしたのは、「麻酔なしの帝王切開?産後7日間眠ってはいけない?壮絶な出産の歴史から見えた「母は強し」の姿」という記事です。これは当時出産したばかりのライターが執筆していて、実感をもって書くので文章の強さがまるで違うんですよ。そういうところが受け入れられたのかなと思います。

――経験を踏まえて記事を書くと、オリジナリティが出ますよね。

高木:そうなんですよね。だから、必ず自分自身の経験を書いてほしいと言っています。「ですます」「である」の統一はしていないし、表記ゆれも気にしません。とにかくその人の個性が出る文章を書いてほしいです。ライターの中にはそこに戸惑われる方もいますが、「和樂web」の編集方針に合わせてもらっています。

■「日本文化をテーマに馬鹿馬鹿しい話をするのが僕の役割」

――noteのフォロワー17000人以上、SNSにも積極的に乗り出していますが、こうしたSNSは高木さんが「和樂web」担当になってからすぐに着手したんですか?

高木:いえ。むしろ最初はどうしていいのか分からなかったです。 普通のウェブメディアって、新しいSNSが出てきたらナチュラルに使い始めたりするじゃないですか。

――確かに、「とりあえずやってみよう!」という感じになりますよね。

高木:ただ、僕の場合はそれができなくて、プラットフォーム一つ一つの役割を定義していったんですよ。「Twitterとは何のためにあるのか」「noteとは何のためにあるのか」みたいに。そうすると、告知的に同じ情報を同時に別のプラットフォームで出していても、あまり幅が広がらないということが分かってきたんです。

――おっしゃる通り、SNSのアカウントをつくっても、記事の告知機能にしか使っていないということは多いです。

高木:そうなんだと思います。ただ、それでは意味がない。むしろ、異なるプラットフォームの使い方をしっかり定義づけて、組み合わせて使うことによって、メディアの幅が広がるのではないかと思ったんです。

例えば先日、和樂web編集部のnoteに小学館の新入社員研修の資料をアップしたんですよ。

――読みました。「なぜ新入社員研修の資料がここに?」と思いつつ。しかも、固定記事にしていますよね。

高木:はい、固定にしています。この新入社員研修資料は、僕なりのnoteの新しい使い方の提案なんですよね。まず、研修資料をnoteで作って、研修が始まる前にオンラインに公開し、この資料をもとにしてzoomで和樂主催のオンラインスナック(オンライントークイベント)を開きました。さらにそこでの反応を加えて、実際に新入社員研修に臨んだわけです。
これはnoteとzoomの組み合わせに、小学館の新入社員研修というリアルイベントを組み合わせた形です。

他にも、今はTikTokとTwitterの組み合わせで何かできないかと考えています。その組み合わせのパターンをいかに多く持てるかが、この時代のウェブメディアの鍵になるんじゃないかなと思っています。

――なるほど。組み合わせのパターンを増やす。

高木:そうすれば、コンテンツをよりインパクトのある形で届けることができるようになるはずです。

極端な話をすると、今の「和樂web」が自前のメインサイトを持つ必要を問い直しています。記事ならば、noteで発信できる。じゃあ、メインサイトにはどんな意味があるのだろう、と。そこを定義した上で改修を進めています。

――最近では音声コンテンツも始められましたよね。「audiobook.jp」では『和樂webの「日本文化はロックだぜ!ベイベ」』という日本文化のトピックを高木さんご自身が解説する番組を配信しています。

高木:音声にはもともと興味がありました。音声の強みは、何かしながらコンテンツを摂取できるところです。だから、音声コンテンツの市場はあるのだろうと思っていたけれど、どう始めていいのか分からなかったところに、ちょうどお声がけいただいて。

――音声でどんなコンテンツを作るかのイメージはもともとあったんですか?

高木:ありました。日本文化に対する高尚さであるとか、堅苦しいというイメージをストレートに壊せそうなのが音声なんですよね。それはつまり、僕が日本文化を題材にくだらない話をすればいいということなんです。17年間『和樂』の編集部にいたので多少日本文化の知識はありましたが、馬鹿馬鹿しく話せるのはもしかしたら自分だけで、それが僕の役割かなと思ったんです。

――音声コンテンツの他にはない強みはどこにあると思いますか?

高木:情報量は視覚コンテンツよりも少ないけれど、その分、強いアプローチが可能だと思います。例えば、浮世絵を視覚コンテンツで紹介すると、必然的に絵を見ながらになるので、その絵のイメージに引っ張られてしまうんです。でも、音声コンテンツは絵がないから、想像を膨らませることができる。これはすごく面白いアプローチですよね。

――なるほど。

高木:『和樂webの「日本文化はロックだぜ!ベイベ」』では、音声で配信した後にnoteに補足的な記事を出していますが、やはり音声で聴いて「くだらないな」と面白がってもらいながら、日本文化の深い部分まで触れられるような番組になればと思っています。

――今は「わかりやすさ」がブームだと思うのですが、高木さんは「くだらなさ」を推されていますね。

高木:そうですね。特にウェブの世界に来て思ったのですが、「わかりやすい」ばかりですよね。わかりやすくないといけない、みたいな。その中で僕は「くだらない」ブームを作りたいと本気で思っています(笑)。

――「和樂web」の方針を考えているのは高木さんだけなのですか?

高木:はい、基本的には僕が考えて、先走って、スタッフに止められたり、追いかけられたりしています(笑)。日本文化って実はそんなに市場が大きくないんですよ。だから、市場自体をつくらないといけないと思って、あの手この手を尽くしています。

■「馬鹿馬鹿しい」かどうかが全ての指針である

――「和樂web」はこれからもどんどん広がっていきそうですね。

高木:そうですね。自分としては、どれだけ「馬鹿馬鹿しいこと」ができるかを指針としているので。

――「馬鹿馬鹿しい」ですか。

高木:全てはそこです。もっと馬鹿馬鹿しさを突き詰めたい。腹を抱えて笑えるような織田信長の記事を作りたいです。

――「馬鹿馬鹿しい」の定義はどのようにされていますか?

高木:シンプルに「本当馬鹿だよね、あいつ」の中の「馬鹿」ですね。何やってるんだか分からないけれど、すごく熱度が高いし、面白い。

noteに「世界初!土鍋目線で描いた恋愛小説明書『土鍋ちゃん〜目止めの季節①〜』」というエントリをアップしたんですけど、これは土鍋の説明書を恋愛小説風に書いたものです。「なんで恋愛小説なんだ」というのも馬鹿馬鹿しいし、こんなの誰も求めていないですよね。でも、こうした誰にも求められていないことを、情熱かけてやるのが、馬鹿馬鹿しさなのかもしれません。

――高木さんのそのブレなさが、「和樂web」の醸し出す他のウェブメディアにはない雰囲気につながっているのだと思います。

高木:他部署の人からは「小学館三大奇人の一人」と言われているらしいですけど(笑)、よくそんな奇人に新入社員研修の講師をお願いしますよね。

――これからの「和樂web」含めてのメディアの広げ方について、構想はありますか?

高木:ウェブメディアをやってきて、逆に紙でしかできないことが見えてきました。ウェブメディアならではの出版物の可能性があると思っていて、それを企画しています。

――それはどういうものですか?

高木:ウェブを駆使するという出版物というべきでしょうか。
紙の出版物を売るためにウェブやSNSを使うのではなく、SNSを含むさまざまなプラットフォームの一つに紙があると考えて、それぞれを組み合わせて出版物を構成することができると考えています。

例えば画集にQRコードを仕込んでおいて、音声コンテンツと合わせて読めるといったものとか、その雑誌を読んでいる時のBGMまで編集者が選んで音楽配信サービスにアクセスするとそれが聴けるとか。
紙とウェブを分けるのではなく、一緒にして考えていく。それがこれからのメディアなのではないかと思っています。

――貴重なお話、ありがとうございました!

(了)

■和樂web 日本文化の入り口マガジン
https://intojapanwaraku.com/

■和樂webの「日本文化はロックだぜ!ベイベ」(audiobook.jp)
https://audiobook.jp/audiobook/257709

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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