だれかに話したくなる本の話

初版部数は「平均的」。『英単語の語源図鑑』ベストセラーへの道のり

■電車での広告で「あの黄色いカバーの本」と認識される

本書において大々的な広告展開を行ったのは「秋口以降」だったという。つまり、発売から3~4ヶ月過ぎた後だ。

それまでは新聞広告を打ちつつ、リリースでの情報提供や販促動画の制作など地道なPRを行いながら、少しずつ口コミやSNSなどで話題が広がっていった。書店ランキングなどにランクインすることも珍しくなかったが、「しばらく店頭での品薄状態が続いていた」という。

出版において、すでに売れている本を「より売り伸ばす」ためにはどうすればいいかということは大きな課題の一つだ。本書の場合、「交通広告」が一つの解答であったようだ。

電車内に貼られた『英単語の語源図鑑』の広告を見たことがあるかもしれない。黄色のイメージカラーに単語の語源を表現するイラストが掲載された、一目見るだけで本書の内容が理解できるデザインだ。
2018年9月、発行部数が14万部に達した本書のさらなる売り伸ばしを見据え、東京メトロと阪急電鉄のドアステッカーの広告を打った。それに続き、同年11月にはJR東日本の首都圏全線のドア横で展開。さらに年末年始や今年5月のゴールデンウイークなど、複数回にわたって打ち続けた。

「ドア横の額面広告では、本書の特徴であるイラストを前面に押し出し、カラーで直感的に理解できることを伝えるようにしました。その結果、『あの黄色い本、気になっていたんだよね』と思っていた方々にリーチできたように思います。『黄色いカバーの英語の本』と認識されれば、書店に行ったときも分かりやすいですよね。そういう浸透の仕方ができていたのではないかと」

ランキングで上位を保ち続けることによって語学書ユーザーの目にも留まるようになり、さらにテレビ番組でも取り上げられる。本書にはそうした好循環ができあがっていった。

その人気を生み出した根っこを探っていくと、この本の持つ「分かりやすさ」「理解しやすさ」「キャッチーさ」が浮かび上がる。
相澤さんは、「英語の先生に勧められて、とかお子さんやお孫さんへのプレゼントに、という理由で本書を購入している人もいらっしゃいます。また、読者のボリュームゾーンはやはり年代的に上の世代の方々なのですが、『学生時代にこの本があれば良かったのに』という感想もいただきます」と言う。

■「危機感しかない」――出版業界に今求められていることとは?

この本と同じような形で、「ベストセラーへの道のり」を歩んでいる本がかんき出版から出ている。それが2019年1月に刊行された『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!』(西成活裕著)だ。こちらは現在までに20万部超となっている。

タイトルに「東大」「文系」「数学」というキーワードを散りばめた本書は、中学3年間で学ぶ数学をぎゅっと凝縮した1冊。著者は東京大学先端科学技術研究センター教授。予備校講師をしていた経験もあり、「わかりやすく教えること」のプロフェッショナルである。

数学も英語も、「かつて勉強していたが挫折してしまった」「もう一度学び直したい」と思いやすいテーマだ。相澤さんは「『英単語の語源図鑑』での経験や広告の手法を踏襲した結果、短時間で部数を伸ばすことができた」と述べる。

ただ、出版されているのはこうしたベストセラーだけではない。むしろ、ベストセラーは一握りの存在だ。

相澤さんも「ヒットが出ても、常に危機感は持っています」と本音を端的に述べ、こう続ける。

「個人の考えですが、もっと書籍を買ってもらうことについて考えていかないといけない。まずは書店に足を運んでもらわないと本は売れませんから、例えばインフルエンサーに協力をしてもらって知っていただくだけではなく、アクションを起こしてもらわないといけない。」

正解の欠片はたくさんあっても、それらを上手く組み合さなければ、大きな成功を得ることはできない。コンテンツ、広告、タイミング、メッセージ、パッケージ、チャネル。相澤さんは「試行錯誤」という言葉を使って表現をする。その試行錯誤を積み重ねていくこと、今最も求められていることなのかもしれない。

(取材・構成/金井元貴)

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