だれかに話したくなる本の話

日韓の「歴史認識問題」はなぜ収束しない? 植民地支配が残した課題とは

2019年5月1日、天皇陛下が即位し「令和」の時代が始まり、次なる時代の平和と平穏無事を誰もが願ったことだろう。

しかし、今なお尾を引くのが「昭和」の遺恨だ。
とりわけ日本と韓国の関係は「戦後最悪」と言われるほど。2019年8月には韓国が日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)を破棄するという声明を出し、日米韓の安全保障を揺るがす事態となった。

なぜ韓国は日本に対抗意識を燃やし、両国間に広がる溝を埋めようとしないのか。この疑問に答えるには、日韓が歩んできた歴史を振り返る必要があるだろう。

その意味でも『日本近現代史講義 成功と失敗の歴史に学ぶ』(山内昌之、細谷雄一編著、中央公論新社刊)は一読すべき本だ。日韓の「歴史認識問題」のほかにも、明治維新から日清・日露戦争、近代日中関係、東京裁判、ポスト平成に至るまでの近現代の重要なテーマが、14の章を通して学ぶことができる。

■「日本の支配は植民地に恩恵を与える特別なものだった!」は本当か?

日韓関係のこじれの大元となる出来事が、第二次世界大戦前から戦中にかけて日本がおこなった東アジアの植民地支配だ。

日本では、植民地支配に関して「西洋列強の支配とは異なり、日本の植民地支配は現地の経済発展を促し、恩恵を与える良いものだった」という点が強調されることが多い。確かに日本統治時代、朝鮮半島では鉄道や道路、水道などのインフラの整備が進められている。しかし、それは日本に限ったことではない。本書でそう指摘するのが、神戸大学大学院国際協力研究科教授の木村幹氏だ。

なぜ日本の植民地支配が特別ではないのか。
木村氏は、日本の植民地政策と比較されているヨーロッパ諸国の植民地支配の理解自体が、「現地社会を徹底的に搾取し、貧困へ追い込んだ」という、16世紀大航海時代のステレオタイプにとらわれていると指摘する。
だが実は、日本が植民地支配を進めていた同じころ、西洋列強も植民地に積極的な投資をおこない、現地の経済発展を促していた。植民地の経済動向は宗主国の経済的利益に直結する。ひいてはそれが自国の政治的安定にもつながっていたからだ。つまり、「インフラを整え、経済成長を促す植民地支配」は、19世紀末から20世紀にかけては普遍的な植民地支配の形態だったのだ。

その一方で、労働者や「慰安婦」の動員など、日本の植民地支配が西洋列強よりも悪辣だったという声も根強い。確かに戦争末期においては、日本の支配にそのような側面があったことは事実であろう。 しかしこの点についても、必ずしも日本が特別ではなかったと木村氏は考える。
植民地支配に対する抵抗運動や兵士や労働者の動員も日本に限ったことではなく、同化政策についても例えばフランスでは「創氏改名」に似た政策を早くから行っていたという。

■歴史認識問題の議論は1990年代以降に激化 一体なぜなのか?

韓国併合から終戦までには35年という時間があり、その前半ではインフラ整備や教育文化政策が進められており、日本の悪辣な植民地支配は戦争末期の短期間で行われたものだった。にもかかわらず、日韓の間で根深く残る「従軍慰安婦問題」や「徴用工問題」を通して、後者の論調ばかりが今なお語られている。
なぜ今も植民地支配のイメージが終戦直前のそれから変わることなく歴史認識問題が叫ばれ続けているのか。

実はこの悪辣な植民地支配が「戦争再末期に行われていた」ということが、歴史認識問題にも大きな影響を与えていると木村氏は述べる。

1965年の日韓基本条約で日韓は正式に国交を結んだが、韓国は日本から無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力支援を受ける見返りとして、「締約国及びその国民」の「請求権に関する問題」が「完全かつ最終的に解決」したことを両国が確認したことはよく知られていることだ。しかし、木村氏によれば、韓国政府は戦争再末期に軍人や労働者、「慰安婦」などとして動員された人たちに対して十分な補償をしなかったという。

ここで溜まった不満は1990年代以降に爆発する。なぜ90年代なのか。
1980年代末まで続いた米ソ冷戦構造の中で、韓国は日本の経済に依存する状況にあった。しかし、冷戦が終わり、韓国の経済成長が加速。グローバル化が進み、韓国の貿易に対する日本のシェアが落ちていった。その結果、韓国の日本に対する経済的な依存度が下がったのだ。

植民地支配に関する歴史認識については、1990年代以前も政治的な問題になることはあったものの、日韓関係の安定を優先する韓国のエリートたちがすぐに火消しを行っていたため、大きな溝にはならなかった。しかし、韓国が日本への依存度を下げた今、日本との政治問題を火消ししたところで利益は乏しい。もはや「歴史認識の収束」という火中の栗を拾いに行く人はいないのだ。

これが、90年代以降に歴史認識問題が再燃し、いまなお収束することがない理由の一つだ。

 ◇

韓国が戦争末期の「否定論」的な植民地支配のイメージを掲げる一方で、日本はインフラを整え恩恵を与えた「肯定論」的観点で植民地支配をとらえる人も少なくない。
いずれにしても日本の植民地支配が他国と比べて「例外」だというわけではなく、異なるステレオタイプを前提にして議論をしているのだから、その距離が近寄ることはないだろう。

私たちが現在起きている問題と対峙するときには、その前提・背景となることをちゃんととらえているか、ステレオタイプで物事を考えていないかを自分に問い直すことが大切だ。

歴史から得られた学びをいかに未来に結び付けていくかが、今を生きている私たちに求められることだ。選択や判断を誤らないためにも、これまでの成功や失敗を学び直す良いタイミングなのかもしれない。

(新刊JP編集部)

日本近現代史講義-成功と失敗の歴史に学ぶ (中公新書)

日本近現代史講義-成功と失敗の歴史に学ぶ (中公新書)

特定の歴史観やイデオロギーに偏らず実証を旨とする、第一線の研究者による入門14講。

この記事のライター

新刊JP編集部

新刊JP編集部

新刊JP編集部
Twitter : @sinkanjp
Facebook : sinkanjp

このライターの他の記事