「理解できるけど面白くない」市場調査から生まれた企画の弱点とは
企画を立てれば周囲の人々を驚かせ、味方に巻き込む。
プレゼンテーションでは聴衆の心をわしづかみ。協力者が次々と現れる。
ビジネスシーンにはこういうすごい人が何人かいる。周囲を味方に引き込んで、自分のやりたいことをどんどん実現させてしまうタイプの人である。彼ら彼女らは特別な「カリスマ」であり、一握りの「天才」なのだろうか?
実はそうではない。『相手を巻き込む伝え方』(フォレスト出版刊)を読むと、こういう人々と「普通の人」の差は案外小さいのかもしれないと思えてくる。
では、人を巻き込む力の正体とは一体何なのか。この力がある人は、普通の人とどこがちがうのか。本書の著者、鵜川洋明さんにお話をうかがった。
■“ロジック”と“思い”の両立を可能にする「伝え方の“型”」
――『相手を巻き込む伝え方』では、ストーリー形式でわかりやすく「巻き込み力」や「伝える力」の正体が解説されています。まず、本書を書いたきっかけについて教えていただければと思います。
鵜川:以前から私は、自分が心からやりたいと思うことをして、かつそれが周りから求められることも重なり、深い喜びや意味を感じながら仕事をしている人を増やしたいという思いがあり、そうなるために役にたつ本を書きたいと思っていたんです。
そういう仕事のことを私は「ビジョナリーワーク」と呼んでいるのですが、企画当初はその言葉を全面に出した本をつくりたいと思っていたんです。ただそれだと、読者の方と距離が遠いんじゃないかという声があったんですね。この言葉自体が私の作った言葉で、広く知られているわけではないですし。
では、少し形を変えて、自分が心からやりたいと思えることを実現するために、周囲の人をどう巻き込んでいくか、自分の思いをどう伝えるかをテーマにたらどうか?という提案を頂きしました。「ビジョナリーワーク」にしても、周囲の人を巻き込んでいけないとなかなか形にならないところがありますし、逆にこういう働き方ができている人は、人を巻き込むのがすごくうまいので。そして、この本が生まれることになったんです。
――「仕事を通じて自己実現を」ということはよく言われますが、私たちはどうしても「自分の夢と仕事は別物」と考えてしまいがちです。これを一致させることには意義がありますね。
鵜川:「夢」というと壮大なもののように感じますが、自分がそれをやることに意味が見いだせて、周囲の人や世の中にとっていいことにつながるという思いがあると、人はその実現を強く望むのではないかと私は思っています。そういうことも含めて「夢」と呼んでもいいのではないでしょうか。
――「ビジョナリーワーク」に必要な「巻き込み力」や「伝える力」ですが、鵜川さんご自身は、自分の思いを誰かに伝えることが得意だったのでしょうか。
鵜川:全然そんなことはありません。失敗だらけですよ(笑)。以前は会社勤めをしていたのですが、当時はなかなかうまくいきませんでした。
「会社がこれからやろうとしていること」や「事業部の方向性」のようなものを説明するのは得意だったのですが、「自分がこうしたい」ということを語るのは苦手だったんです。否定されたら嫌だな、とかバカにされたらどうしよう、と考えてしまって。今思うと、周囲を巻き込んで仕事をしていくということをやりたくてもできないことにモヤモヤしていた気がしますね。まさに本の中の創太と同じ心境です(笑)
ただ、2012年にこの本でも紹介している、伝え方の「型」のベースになる考え方に出会ったんですよ。これを自分なりにアレンジしてブラッシュアップしていたら、これまで伝えるのが苦手だった自分の思いや気持ちを語れるようになった。そこから変わった気がします。
――人を巻き込むための伝え方に「型」があるというのはユニークだと思いました。この「型」を使うことのメリットはどんな点にあるのでしょうか。
鵜川:「自分の思い」と「ロジック」を両立させられる点です。プレゼンテーションや発表、提案などでよくあるのが、「思いは溢れているけど何を言っているかわからない」というパターンと「ロジカルだけど面白くない」というパターンです。ほとんどの人はこのどちらかに入ります。ただ、「型」をうまくつかうことで、ロジカルな説明に自分の思いを乗せることができる。
――「思い」と「ロジック」は両立可能だと頭ではわかっているけど、どう両立させていいかわからない、という人は多いかもしれません。特に「ロジカルに語る」というのは実はあいまいな言葉で、「どうすればロジカルなのか」についてはよくわからないところがあります。
鵜川:そうですよね。「ロジカルに話せ」と言われても、具体的にどういうことなのかよくわからない。「型」はそういうあいまいさを解消することができます。型に沿って順番に語っていくだけで、意識しなくてもロジカルに語れるというのが、この本で紹介している型のいいところです。もちろん「思い」と両立する形で。
――本書では「自分の思い」から発生した「インサイドアウト」の提案・企画こそが人を巻き込んでいくとされています。ただ私たちはどうしても市場調査をし、データ収集をしたうえで「うまくいきそうなこと」を企画してしまいます。このやり方のデメリットはどんな点にあるのでしょうか。
鵜川:市場を知ることは大事なことだと思います。ただそこを分析し合理性を追求した先に出てくる答えはどうしても「どこかで聞いたことある何か」になってしまうなと感じています。今は情報があふれていて、多くの人が同じ情報や同じテクノロジーにアクセスできる時代です。そうなると、どうしても知識が似通ってきますし、ある課題に対して「合理的」だと感じる解決策も同じようなものになりやすい。
そうなると、差別化をはかろうとしてもコストや納期の話にならざるをえなくなってしまう。体力勝負になってしまうんです。これは大きなデメリットだと思いますね。
――では、いかに人と違った情報を持ち、人と違った提案をするか、というところで、「インサイドアウト」の話になってきます。つまり、データではなく自分の感情や偏愛、疑問こそが人とは違った情報を持つことにつながり、人とは違った提案を生むと。
鵜川:そうですね。本の中では「感情」「疑問」「偏愛」の三つをあげましたが、特に「疑問」はビジネスの種になりやすいと思います。同じ市場というか世の中を観るにしても、このフィルターを通して見ることが大事なんだよなって思うんです。
「なぜこれはこうならないのか?」「もっとこうなればいいのに」という疑問や不満点は仕事の場面でも日常でもあるはずで、そういうものをリストアップしておくのが大事だということを前職の会社の創業者に言われていたのですが、これは本当にそうだと思います。
「感情」や「偏愛」については、自分の感覚や感性を信じて、「これをやりたい」という気持ちを大事にしていただきたいです。人を巻き込めるかどうかというのは、その人が心からやりたいと思っているかどうかがとても大事で、そのバロメーターは感情や偏愛度(笑)なんじゃないかって思うんです。
――「心からこれを実現したい」という思いは、実際の提案のどのあたりにあらわれるのでしょうか。
鵜川:一番は「なぜやりたいのか」という理由づけのところです。「型」を使って提案するときには「未来(自分が創り出したいと思っている状態)」「今なぜ(つくる必然性)」「価値(誰がどう喜び、どんな問題が解決し、何がどうよくなるのか)」「どうする(その未来の実現のために何をするのか)」の4つの要素が入るのですが、「未来」の中にもあらわれますし「今なぜ」の部分にもあらわれます。
「感情」や「偏愛」からスタートして「心から実現したいこと」を求めていくと、自分の原体験に行きつくケースが多くあります。こういう原体験をバックボーンになっている提案は人を動かしやすいと言えます。
(後編につづく)