予防医療は「歯科」から始まる!? 人生や社会の問題をも解決する「口腔ケア」の力
今、歯科医療が大きく変りつつあることをご存知だろうか。
2018年6月15日、安倍内閣によって閣議決定された通称「骨太の方針」(正式名称「経済財政運営と改革の基本方針2018」)。「人づくり改革」や「働き方改革」が大きくクローズアップされたが、この中で「口腔の健康」について触れられている箇所がある。
口腔の健康は全身の健康にもつながることから、生涯を通じた歯科健診の充実、入院患者や要介護者をはじめとする国民に対する口腔機能管理の推進など歯科口腔保健の充実や、地域における医科歯科連携の構築など歯科保健医療の充実に取り組む。
(第三章4.主要分野ごとの計画の基本方針と重要課題(1)社会保障「予防・健康づくりの推進」より)
近年、口腔の健康と全身の健康との関係性について指摘されるようになった。
例えば歯周病との関連が疑われる病気としては、誤嚥性肺炎や心疾患、糖尿病など。さらに生活習慣病を引き起こす要因ともいわれるメタボリックシンドロームとも関連があると言われている。
これまでの歯科医院が求められていた大きな仕事の一つは、「虫歯の治療」だった。
1960年代から70年代にかけて日本人の食生活が大きく変わるなどし、虫歯は大きく増えた。しかし、1989年から始まった「8020運動」(80歳になっても歯を20本以上保とうという啓発運動)などが奏功し、口腔ケアの意識が向上した。その結果、歯医者の役割も虫歯の治療から「口腔ケア」に移り変わっているのだ。
この「CURE(治療)」から「CARE(予防)」へというパラダイムシフトは、医療の捉え方全体の中で起きているものだ。そしてまた歯科医療も、「予防歯科」へというパラダイムシフトの中にある。
その変化を丁寧に説明した一冊が『予防歯科シフト』(中山豊著、幻冬舎刊)だ。
■社会保障の抑制や労働力不足の解決にも 予防歯科の可能性とは
『LIFE SHIFT』で提唱された「人生100年時代」は、もう間もなくやってくる。
健康寿命をできるだけ伸ばすために、日々の生活の質(QOL)を高めて、病気にならないように予防しようとしている人は少なくないだろう。
その中で今、フォーカスされている箇所が「口腔」である。
「骨太の方針2018」の中でも触れられているように、全身の健康にも影響することから、予防が推進されている。
本書の著者である中山豊氏は、予防歯科が進むことは社会全体に有意義であると考えている。その理由の一つとしてあげるのが「社会保障費の膨張を抑えられる」という点である。
団塊の世代が75歳になり始める2022年以降、社会保障関係費の急増が見込まれている。政府の試算によれば、2040年には社会保障給付金が190兆円に達するといい、国家の財政を圧迫することは容易に想像できる。
これを解決する方法の一つは、国民が病気にならないようにして、社会保障費の割合の多くを占める医療費を抑制するという手である。
中山氏は、口腔を健康に保つこと――「予防歯科」によって医療費抑制に貢献できた2つの事例を取り上げる。
一つはトヨタ関連部品健康保険組合によるデータで、歯科医院で年に2回以上定期受診を行っていた人は、全組合員の平均よりも年間医療費が15万円も抑制できていたという(65歳時)。もう一つは介護施設のデータで、入所する高齢者に対して口腔ケアを定期的に行ったところ、「誤嚥性肺炎」に発生率が大幅に低下し、医療費の削減につながったという。
健康を維持できれば、高齢になっても働くことができる。すでに労働者不足が社会問題になりつつあるが、「予防歯科」はこうした課題を解決するための一つの手となりえるのだ。
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本書では、財政というマクロな論点から、細菌というミクロな世界までを一本の糸でつなぎ、統計データや最新の研究成果を用いながら、「予防歯科」の可能性について解説をする。
その上で、「予防」へとシフトする現代の歯科医療の中で欠かせない存在となる「歯科衛生士」についてフォーカスし、今後の歯科医院の経営スタイルについても論じている。
テクノロジーの発展や生活環境の変化は、私たちのライフスタイル、価値観、寿命までをも大きく変えた。社会全体を維持するために、新しいメカニズムが必要になってきている。そうした変化の中で、医療に求められるものも変わり、歯科業界にもその波が来ている。「治療」から「予防」へという変化は、まさに現代の大きな一つのキーワードだろう。
「骨太の方針2018」でも触れられているように、健康的な口腔環境を保つことは全身の健康につながる。人も社会も長く健康でありたいならば、口腔ケアは必須となっているのだ。
本書は、健康でありたい個人、歯科業界・医療業界に関わる経営者や従業員のほか、超高齢社会のあり方に関心のあるすべての人が読んでおくべき一冊である。
(新刊JP編集部)