【「本が好き!」レビュー】『台湾海峡一九四九』龍應台著
提供: 本が好き!近代史の中で日本人にとってひとつの節目となるのは、1945年の終戦だ。中国・台湾の人々にとっては1949年が大きな意味を持つ。戦争に負けた日本が退散した後、中国大陸では内戦の嵐が吹き荒れた。1949年、蒋介石率いる国民党は共産軍に追いつめられ台湾へ逃げていった。そのことは、数えきれないほどの人々を故郷と家族から引き裂いた。
例えば、著者の母は「すぐ戻るから。」と年老いた親に告げ、子どもを連れて夫の待つ江蘇省へ旅立った。そのまま動乱に巻き込まれ、運命の嵐は彼女を台湾へと運び去る。長男を夫の故郷の母に預けたまま、台湾海峡は越えられぬ海となる。
あるいは、広州を目指して集団疎開してきた少年少女たち。内戦は激化し、行くも帰るも命の危険が待っていた。兄は弟に言う。「ここで別れよう。お前は南へ行け。オレは北へ行く。」どちらかひとりでも生き残って親に会えるように。台湾で学者になった弟が、兄の消息を知ったのは50年後だった。
「軍の人さらいだ!」「逃げなさい!」
捕まって荷運びの人夫にされたら、二度と家に帰れない。逃げ切れず連れて行かれた息子に、足も目も不自由な母が泣きながら転びながら、棚田を滑り降り這ってくる。渡されたハンカチの中には、家に二枚しかない銀貨の一枚があった。
台湾生まれの文学者が証言取材と史料をもとに描いた本書は、台湾に社会現象を巻き起こすほどのベストセラーとなった。1949年を軸として描かれた内容は重いが、エピソードのひとつひとつに胸打つドラマがあり、読みだしたらやめられない面白さだ。語りのリズムと情感を大切にした訳も読みやすさを後押ししている。
共産軍による長春包囲戦(数万の餓死者を出した)などに触れられているからか、中国では発禁となっているそうだ。それでも大陸で海賊版が売れまくっているのは、本書に集められた証言の中に台湾に去った身内の消息を尋ねる人や、本国では報道されない共産党支配の歴史のひとこまを知りたい人などがいたからではないかと思う。
故郷を失い漂泊した人々、海峡を越えて押し寄せた”他所者”に支配された人々。南方に送られ収容所監視員となり戦犯の判決を受けた台湾人、若き日本兵がニューギニアのジャングルで綴った望郷と詩歌の日記。戦争は星の数ほどの人生を台無しにして、敵にも味方にも容赦なく残酷だった。
「ね、泣かないで。」「そして、どうなったの。」証言者の背中を優しくさするように、著者は様々な悲しみに寄り添う。その温かみのある文章は誰も責めなじることはなく、中国にも台湾にも日本にも公平に率直である。
彼らは「敗北」で教える──
本当に追及すべき価値と何なのか。
これからの時代を生きてゆくには、この人たちが歩いてきた過去を客観的に理解しなくてはならないという、強い決意に満ちている。
*2017本が好き! #白水社祭 ~本を開いて旅に出よう! 参加の書評です。
(レビュー:Wings to fly)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」