名編集者は作家の原稿をどのくらい「削った」のか 映画『ベストセラー』を柴田元幸が解説
現在、全国で公開中の映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』。
この映画は1900年代前半のアメリカで、スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイといった名作家を発掘し育て上げた天才編集者、マックス・パーキンズ(コリン・ファース)を主人公にした作品で、草思社から刊行されている『名編集者パーキンズ』が原作となっている。
また、本作のもう一人の主人公が同じくアメリカの小説家であるトマス・ウルフ(ジュード・ロウ)である。こちらは日本ではあまり馴染みがない名前だが、ウィリアム・フォークナーからの絶賛を浴び、ジャック・ケルアックら後進の作家たちに大きな影響を与えた。
10月12日に東京・渋谷のHMV&BOOKS TOKYOで行われた、本作の公開を記念したトークショーでは映画本編の字幕協力をした翻訳家の柴田元幸さんが、パーキンズとウルフの時代を、朗読を織り交ぜながら解説した。
■名編集者パーキンズはどのくらい原稿を削ったのか?
柴田さんが**「アメリカ文学史の中で最も有名な編集者であり、もしパーキンズがいなければこの時代のアメリカ文学はまた違ったものになっていたといっても過言ではない」**とまで評するパーキンズという編集者。
ウルフは「とにかく書く」タイプで、その原稿は膨大なものだった。映画ではウルフが執筆した膨大なその原稿をパーキンズが容赦なく削っていくシーンが見られたが、実際どのような編集者だったのだろうか。
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柴田さんはこのトークイベントのためにウルフの処女作である“Look Homeward, Angel”と、その作品にパーキンズの手が加わる前の原稿をほぼそのままで出版された“O Lost: A Story of the Buried Life”の一部をそれぞれ翻訳し、その朗読を披露した。
柴田さんによれば“O Lost: A Story of the Buried Life”は30万語にものぼる量で書かれ、パーキンズはそこから6万6000語を削除。“Look Homeward, Angel”として出版したという。
「パーキンズは、細かいところに赤を入れるのではなく、全体を捉えることにとても長けていた編集者と言われています」(柴田さん)
全体を捉えることが苦手という柴田さんにとっては、“Look Homeward, Angel”と“O Lost”という2つの作品を読み比べても「とにかくすごかった」という印象であまりピンと来なかったようだが、それでも柴田さんの翻訳による朗読を聞くと、「物語の主流とは関係ないエピソードを削る」というパーキンズの仕事が分かった。
また、映画にも描かれているように、パーキンズは原稿を削ることに「やましさ」を感じていた。しかし、ウルフ自身は削られた原稿を持ち続け、それを次の作品に使うなどしていたといい、パーキンズはウルフを「失わない人」と評したエピソードを語った。
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この他にも、アメリカでは「身体が大きな作家」という印象を持たれているというウルフが、実際にどのくらい巨漢だったのか、当時の写真やウルフが書いた自伝的小説を読みながら説明。2メートル近い身長があったというウルフの大きさに、客席からは驚きの声があがっていた。
質疑応答を経て、最後に柴田さんがウルフの小説を約30分間、朗読。誰一人、音を立てることなく、その物語世界に耳を澄ませていた。
映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』は、パーキンズとウルフの2人の友情を中心に、物語を生み出したり、本を作ることに対する情熱を描いた快作。また原作『名編集者パーキンズ』(草思社刊)を読むことで、この映画の面白さはより深まるだろう。
偉大な作家と編集者の姿をぜひスクリーンで見てみてほしい。
(レポート/金井元貴)
■『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』
◇キャスト
コリン・ファース、ジュード・ロウ、ニコール・キッドマン、ローラ・リニー、ガイ・ピアース他
◇スタッフ
監督:マイケル・グランデージ、脚本:ジョン・ローガン『007 スペクター』
原作:『名編集者パーキンズ』A・スコット・バーグ(鈴木主税訳、草思社刊)
提供:KADOKAWA、ロングライド 配給:ロングライド
10月7日(金)、TOHOシネマズ シャンテ(先行)ほか全国公開中
URL:http://best-seller.jp/