無罪を主張する容疑者の無理筋な主張に弁護士はどう対処する?
裁判などの法的トラブルは、一度巻き込まれてしまうと時間もお金もかかる。できることなら一生かかわりたくないと考えるのが人情というものだが、離婚や遺産相続、近所とのトラブルなど、訴訟の芽は日常生活のあちこちに潜んでいるのも事実である。
万が一、身の回りで法的トラブルが発生した時にそなえて、法律の知識を持っておくことは役に立つはず。『弁護士高橋裕樹のマンガでリーガルチェック!』(高橋裕樹、忍田鳩子著、竹書房刊)はそうした時のための備えとなる一冊だ。
今回は著者の一人で弁護士の高橋裕樹さんに、法律トラブルを未然に防いだり、悪化させないための法知識や、弁護士として経験したユニークな案件についてお話をうかがった。その後編をお届けする。
◾️刑事裁判の弁護方針はどう決まる?
――刑事事件についてもお聞きしたいのですが、高橋さんは「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件」で逮捕された市橋達也被告の弁護団にいて、当時よく市橋被告と接見していたとお聞きしました。裁判を戦ううえで被告と弁護士の信頼関係が大事になるかと思いますが、どのようにコミュニケーションをとっていましたか?
高橋:最初の頃は心を閉ざしていて、接見に行っても全然会話にならなかったのですが、弁護士の接見は時間の制限がないですし刑務官もいないので、何時間でも好きな話をしていられます。時間をかけて話しているうちに相手も少しずつ話してくれるようになりました。実は同い年で、大学も同じだったんです。
――事件に関係のないことも話すわけですか?
高橋:話しますよ。そもそも逮捕された直後って、こちらも証拠などは見られませんから事件のことはよくわからないんですよ。となると、事件について話すよりも相手と仲良くなることの方が優先なんです。
今も殺人事件や傷害致死事件を担当していますが、まずは相手に信用してもらうことが大事です。その意味では、法律論や弁護士としてもスキルはもちろん大事なのですが、実務的には相手の心情を配慮したり、相手の欲している言葉を探したり、広い意味でのコミュニケーション能力が大事です。究極的には弁護士は接客業なので。
――刑事事件の容疑者が欲している言葉、安心する言葉とはどのようなものなのでしょうか?
高橋:それは人それぞれなので一概には言えません。そして、いい話だけでなく、相手の不利益になりうる話もしっかりすることが大事です。いい話、悪い話、いい話のようにサンドイッチにするような感じですね。
――刑事事件の場合、弁護の方針はどのように決まるんですか?依頼人である容疑者の方針に沿わざるをえないのでしょうか?
高橋: このお話は新人の弁護士によく聞かれるのですが、こちらとしては「やっていそうだな」と思う案件でも、容疑者の側は「無罪を狙う方向でやってくれ」と言ってくることもあります。
――自分はやっていないから、あくまでも無罪を勝ち取りたい、ということですね。
高橋:「やっているけど、やっていないと言ってくれ」という人もいますよ。
――そんな人もいるんですね。
高橋:それは刑事事件だけでなく、不倫などの民事案件でも同じです。不倫はしているけど、裁判では不倫を否定してくれ、という依頼者の方は珍しくないので。
僕らは神様ではないので、「やったかどうか」は本当のところはわかりません。だから本人が無罪を勝ち取る方向でやってほしいと言ってきたらその方向でやっていきます。
――「無罪を狙ってほしい」と言われたら、そのための情報を集め、ロジックを組み上げて裁判を戦っていく、ということですね。
高橋:そうですね。そこは事件について自分がどう思ったかは関係なく「依頼者ファースト」です。それに、事件への第一印象ってあまりあてにならないんですよ。以前にラーメン屋さんで店員さんを殴って逮捕された人の示談を担当したことがあるのですが、その人の「兄貴分」という人と一緒に被害者のところに行って謝罪をしたうえで示談をまとめたんです。当然、加害者は釈放されたわけですが、後々になって実際に殴ったのは「兄貴分」の方だったことがわかりました。逮捕された人は「身代わり」だったんです。
――示談の際に被害者側が「この人(兄貴分)に殴られた」と言わなかったんですか?
高橋:言わなかったんです。示談に行く前に兄貴分がもう手を打っていたんじゃないかと今となっては思います。「兄貴分」と言っている時点でどういう属性の人かはわかると思いますが(笑)、こういうこともあるので、僕は本人が「やっている」と言っても、証拠を見るまではわからないと思っていますし、「やっていない」と言ったら、証拠を見たうえで「これだと僕の目にはやっているように見えるけど、やっていないならこの証拠はどういうことか説明してください」とガチガチに詰めます。
――証拠は揃っているのに、犯行を否定する人も中にはいるんですか?
高橋:防犯カメラにはっきり映っているのに「いや、これは自分じゃない」という人もいました。
――これは自分ではなく、別人だと主張していたんですか?
高橋:いえ、「別人格だ」と言っていました。
――「別人格による犯行」って通用するんですか?
高橋:「今まで解離性障害の診断を受けたことがあるか」と聞いたら、「ない」と。じゃあ、なんでいまさらそんなことを言い始めたんだ、という話じゃないですか。そう聞いたら「言い出せなかったが、実はそうなんだ」と言っていました。向こうが主張するストーリーはまったく納得のいかないものだったのですが「本当にそれでいくんだな?」と念を押したら「これでいく」というので、最終的にはその主張を裁判に持っていきましたが。
――お仕事柄、偏見を排して物事を見ることが大事だと思いますが、そのためにどんなことを心がけていますか?
高橋:まず、報道された内容はあてにならないものだと考えています。初期報道などは警察がそう言っているというだけのことなので。
それに、こちらは自分が弁護を担当している容疑者がどう話しているかを軸に動きます。誤解を恐れずに言うのであれば、容疑者が言うままに動くだけなんですね。だから僕の意見や印象なんて何の意味もないんです。
――では、ある事件に対して「おそらく真相はこうだろうな」という見通しはあまり立てないんですか?
高橋:はい。ただ、裁判になったら証拠が出てくるので、その証拠を見たうえで、どういうストーリーならば依頼人が得をするかは考えます。自分なりの事件の見通しを立てるよりも、そちらの方が大事な作業だと思います。
――ほとんどの人にとって、裁判といえば民事だと思いますが、その際の弁護士選びについてアドバイスをいただきたいです。
高橋:お医者さんと同じで、「セカンドオピニオン」は大事だと思います。複数の弁護士事務所に相談してみるのはアリだと思いますね。一軒目の事務所の意見を踏まえて二軒目の事務所は相談に乗るでしょうから、二軒目の方が有利にはなりますが。
弁護士選びって、結局のところ「ガチャ」なんですよね。自治体がやっている法律相談はその典型ですし、大きな弁護士事務所に行っても誰が出てくるかはわかりません。だから、複数の弁護士に相談するのは大事かなと思います。
――最後に本書の読者の方々にメッセージをお願いいたします。
高橋:今回の本は「家庭の医学」の法律版だと思っています。ケガをした時に悪化させないように、あるいはケガを予防するために医療の知識を持っておくことが大切なように、法律の知識もまた、トラブルに巻き込まれないために大切です。生活するうえで有益な情報として気軽に法律を学んでみていただきたいなと思います。