「医師は歯科医より上」医学会のヒエラルキーがもたらす悪影響
虫歯になった時や、親知らずが腫れた時、あるいは歯並びを治したり、歯をクリーニングしたい時など、歯科医院は内科医院や小児科医院と同様に毎日の生活に欠かせない。
ただ、医療の世界には「歯科医より医師が上」あるいは「歯学部より医学部が上」という歴然としたヒエラルキーがある。『やっぱり、歯科医って素晴らしい!!』(奥原利樹著、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)によると、このヒエラルキーこそが仕事に誇りを持てなかったり、医学部ではなく歯学部に進学したことに挫折感を抱いたりと、歯科医と歯科医志望者の人生に影を落としているという。
今回は著者で歯科医の奥原利樹さんにお話をうかがい、このヒエラルキーの正体と歯科医を取り巻く環境についてお話をうかがった。
■「歯学部は医学部より下」というヒエラルキーを壊したい
――『やっぱり、歯科医って素晴らしい!!』について、まずは本書をお書きになった動機について教えていただければと思います。
奥原:まず、自分の仕事に誇りを持てていない方が、この業界には多いことがあります。歯科医という仕事のすばらしさややりがいに気づいていただき、この仕事を好きになってもらうために、この本を書きました。
――歯科業界ということですか?
奥原:それもありますが、歯科医を目指す過程でもそうです。一般の方は「医学部も歯学部も同じ医療でしょ」と考えると思いますが、業界の中には「歯学部は医学部より下」という明確なヒエラルキーがあるんです。
私の子の大学受験の際に実際にあった話なのですが、高校で三者面談があるじゃないですか。うちの子は歯学部を目指していましたから、それを先生に伝えると「歯学部ならそんなに勉強しないでも入れますね」みたいなことを言われたんですよ。その先生がこのヒエラルキーを知っていたかはわかりませんが、少なくとも進路指導の際の選択肢において「歯学部」は「医学部」や「薬学部」ほど存在感がないんです。
だって、高校別の「医学部合格者数ランキング」はよく見ますけど、「歯学部合格者ランキング」なんて見たことがないでしょう?
――確かにそうですね。「理系の最高峰は医学部」とされているのはわかります。
奥原:歯科医もこのヒエラルキーを知っていますから、自分の子どもを歯科医ではなく医師にしようとする。その根源は「自分の果たせなかった夢を子どもに託す」といった心理だったりするわけです。それはちょっと悲しいじゃないですか。
――自分の仕事に誇りを持てていないという話とリンクするところがあります。
奥原:実際「医師になりたかったけど、医学部に行くには学力が足らず、歯学部に進んで歯科医になった」という人は少なくありません。そういう人は、歯科医になっても「本当にやりたかったことじゃない」という気持ちを抱えながら仕事をすることになりやすいんです。歯科医という仕事にやりがいを感じにくい。こういった現状は変えないといけないと思っています。
――海外に目を向けると歯科医の地位は医師に劣るものではないというお話が本の中にありましたね。
奥原:そうです。世界的には歯科医の社会的地位は高い。それに社会的な地位は別として必要な仕事じゃないですか。これから高齢者が増えてきて活躍の場は広がるはずですし、虫歯に詰め物をするだけではなくて、多様な仕事がある、本当に面白い職業だと思うんですよね。そういうことを、学生の方や若い歯科医の先生方、そして大学受験を控えている高校生やその親御さんに知っていただきたいんです。
――歯科医より医師が上位というヒエラルキーは奥原さんが歯科医になられたころからあったのでしょうか?
奥原:僕の世代はまだ歯学部のレベルは高かったですから、そこまでではなかったように思います。それこそ開成や灘といったトップの高校から歯学部に進む学生もいましたしね。
――本書では歯科医を取り巻く環境についても書かれていましたね。勤務医でいるには働き口が限られているというお話にはハッとさせられました。
奥原:医師であれば、内科や外科、耳鼻科、眼科というふうに専門に分かれているので、総合病院であれば勤務医としてのポストはたくさんあります。ただ、歯科は口腔外科だけですから、一つしかないことになります。本当は歯科も専門によって枝分かれしているのですが、病院では「歯科は歯科」と捉えられてしまうんです。
――勤務医でいつづけるのが難しく、「開業せざるをえない」というのが歯科医の世界だと指摘されていましたが、歯科医院も飽和状態だと指摘されることがあります。この指摘は実際に開業している奥原さんから見てどのように感じられますか?
奥原:これはどこを目指すか次第なんですよ。20代から50代の患者さんをターゲットにしていたらそれはレッドオーシャンだと思います。どの歯科医院に行っても治療自体はそんなに違いがないわけですから。
でも、高齢者をターゲットに訪問専門でやってみるとか、やり方はいろいろあるはずです。だって、開業医としてやっていても一日に診れる患者さんは10人くらいです。だとすると、他の患者さんはどうなっているのかという話なんですよ。高齢者施設では誤嚥性肺炎で亡くなる人がたくさんいるわけじゃないですか。誤嚥性肺炎は口の中の菌を飲み込んでしまうことで起こるので、予防は歯科医の仕事なんです。
――そういったところに目をつける歯科医の方は少ないのでしょうか?
奥原:今は偏った方向に人が流れているといいますか、たとえばインプラントや審美歯科の方にみんな行きがちですね
――高齢化社会ならではの活躍の場と言うと、今おっしゃったような高齢者施設への往診などになるのでしょうか?
奥原:そうですね。ただ、訪問にいくとなると病気を抱えている方のところに行くわけで、そこに恐怖感を持つ歯科医もいるんです。
自分の歯科医院でやっているぶんには、自分の意思でやってくる患者さんが相手なのですが、高齢者施設の訪問だと認知症の方もいますし、暴れる方も中にはいます。そうした環境でもし相手が亡くなってしまったら責任を取れるのか、という心理がどうしてもはたらくんです。
そして、体力的にも自分の医院と並行してやっていたら潰れてしまいますから、人を雇わないといけません。そういった様々な種類の恐怖感が重なって、訪問歯科医の数はこの10年ほど増えていないんです。
――ただ、奥原さんはそれをやっていらっしゃる。
奥原:やってみるとすごくおもしろいですし、やりがいを感じます。感謝もされますしね。
(後編につづく)