だれかに話したくなる本の話

令和を生きるリーダーへ。「回す力」を身に付けよう(前編)

社会が変化するスピードが早くなり、今までの常識がすぐに陳腐化する時代。そして、人材の流動性の高まりや、労働人口の減少にともなう採用の困難化も相俟って、リーダーの知識や持論だけで、一方的に部下に指示を出し、問答無用でやらせる…という「プッシュ型」のマネジメントが困難になっている。今後は、「プル型」のマネジメント、つまりリーダーが知らない情報やアイデアを引き出すために、各人の組織エンゲージメントとモチベーションを高めていくアプローチが益々求められていく。ただそれを実現するために、リーダーは具体的にどのようなスキルを身に付ければいいのだろうか。

『人・場・組織を回す力』(クロスメディア・パブリッシング刊)は、真正面からリーダーシップ論やマネジメント論を説いたものではなく、多くの人にとっての、今の時代に必要となるコミュニケーションスキルを解説したものであるが、リーダーが、「プル型のマネジメント」を考えるうえで、大きな示唆を与えてくれる。本書でいう「回す力」こそが、その真髄だと言っても過言ではないだろう。その著者である楠本和矢さんに伺ったお話を、前半、後半に分けてお届けする。

■「回す力」が、何故マネジメントにも必要となるのか?

――最初に興味を抱いたのは、リーダー向けの本にありがちな「話し方」ではなく、場や組織の「回し方」をテーマにされたことです。そこにどんな理由があったのでしょうか。

楠本:いいご質問ですね。もちろん本書内でも「話し方」について沢山触れていますし、異質なものではありません。ただ本書では、「話し方」で、自分の印象をいかに良いものにするか、という目的に留まらず、自分が前に出なくても縁の下で相手をいい気持ちにさせ、場を活性化するということを目的にした技法を解説しています。そのようなコミュニケーションスキルを「回す力」と表現しました。昨今、強い主張をもって、ぐいぐいと前に出ていきたいと思う人が減り、主張をおさえた周囲との調和、協調性を求める人が増えてきています。そのようなことが重視される時代においても自然に存在感を示し、リーダーシップを発揮するためのアプローチとして、「回す力」にクローズアップしました。

――ありがとうございます。その「回す力」はまさに現代のリーダーに必要とされている能力だと感じましたし、「回す力」は、そのための様々な要素を含んでいると感じました。

楠本:本書を通じて、「回す力」こそ、これからのリーダーに必要だと感じとって頂いたことに感謝します。本書は、できるだけ多くの方に読んで頂くことを意図し、できるだけわかりやすくするために、カジュアルな表現でまとめていますが、実は、本書の裏側にあったテーマがそこなのです。「回す力」を持っているリーダーがいるだけで、その場が活気づき、様々な知が自然に引き出されることを肌身で感じてきました。ならば、その「回す力」を体系的に整理し再現できるようにすれば、リーダーも周りも、もっと幸せになれるのではないか、そう考えています。

――楠本さんは、事業変革のコンサルタントとして、多くの企業をサポートされていらっしゃいますが、本書を書くことになった動機に繋がる、昨今のマネジメントに関するイシューがあったのでしょうか。

楠本:勿論、企業によって様々ではありますが、本書に繋がるイシューは2つあります。一つ目は、「プッシュ型」マネジメントが限界にきているということです。動きが速く、様々な情報が氾濫する昨今において、リーダー自身が有する知識や情報の範疇でマネジメントを進めようとしても、成果は生まれません。自分に知らないことがある、ということを認め、メンバーや外部から知恵や情報を引き出す「プル型」マネジメントが必須になっています。 二つ目は、世のマネジメント論が「論理的な正しさ」にやや偏重しているということです。勿論、成果を生み出すために「生産性向上」「動機付け」「働き方の変革」などが重要であることは否定しません。でも、それだけでいいのでしょうか。生活の中で、大きな割合を占める仕事の時間が「楽しい」と感じるものでないと、人生の幸福感を充分に感じることはできません。マネジメントにおいて、「楽しさ」を全く意識せず、成果だけを追求しようとしても長続きしません。本書で紹介する「回す力」は、それら2つのイシューの解決に繋がる技法になっているはずです。

――なるほど、大変よくわかります。まず、「プッシュ型のマネジメント」について伺います。昨今の「パワハラに対する監視の目」も手伝い、そのようなリーダーは近年減ってきた印象があります。このトレンドが続けば、自然に「プル型」のリーダーが増えていくのではないでしょうか。

楠本:確かに、おっしゃるような背景もあり、もはやそういう強権型リーダーが今まで以上に増える理由はないでしょう。ただそれは、「プル型ができる人が増えること」とイコールではありません。「プル型」のマネジメントとは、場の雰囲気を上手に作り、問いを立て、知恵を重ね合わせてアウトプットを出していくアプローチです。ですので、自分の主張を引っ込め、気持ちを押し殺し、一生懸命、部下の意見に耳を傾けることはいいことなのですが、それはただ「プッシュしていない」だけであって、「プル型が出来ている」わけではありません。言い方は悪いですが、ただの消極的なマネジメントです。

――確かに、若い世代のリーダーも含めて「プッシュしない」で止まっている人が多く、ここまで行けていない人もまだまだ多い感覚があります。やはりそこに「技法」が必要ということですよね。

楠本:その通りです。「回す力」というのは、そのための重要な技法として捉えて頂けると嬉しいです。

――最近、「心理的安全性の確保」という言葉を耳にする機会が増えました。それは、「プル型マネジメント」の技法とは言えませんか。

楠本:それは確かにそうなのですが、「心理的安全性の確保」は、何を言われても、感情的にならずに先ず聞く姿勢を見せる、というものであり、マイナスになりそうなものをゼロにするというだけの話です。それで相手から、「この人と一緒にいて気持ちいい」とか、「いつもいてほしい」という気持ちを持ってもらえるかといえば、必要条件ではありますが充分ではないでしょう。それは、先ほども出てきた「ただプッシュしていない」レベルに留まっているとも言えます。

――心理的安全性の確保は大前提として、それに加えて、何が必要になるのでしょうか。

楠本:相手に対する、「ポジティブな言葉の発信」です。その発言の、どこに共感ができたか、何が気付きだったか。そして相手に対して、どの様な点でリスペクトしているのか、感謝しているのか。そういうことを、何となくぼやっと思っているだけではなくて、相手に対して積極的にその気持ちを伝えるということが重要なのです。それは、相手が部下でも上司でも、顧客でも同じです。

――なるほど、確かにその通りかと思います。「ポジティブな言葉を発信」する上で、何か気を付けるべきことや、コツなどはありますでしょうか。

楠本:褒められたり、リスペクトを伝えられたりして嬉しくない人はあまりいないので、気を付けるべきことは特にありません。強いて挙げるなら、何の脈絡もなく突然伝えるのではなく、自然な会話の流れで繰り出す、ということくらいです。何より大切なのは、チャンスがあれば相手にリスペクトを伝える、という気持ちを常に持って置くことです。そういうアンテナを立てておかないと、いざその場面になってもなかなか言葉が出てきません。一つひとつの言葉の積み重ねによって人間関係はできていきますしね。

――ちなみに、楠本さんは、過去にファシリテーションに関する書籍も出されています。「ファシリテーション」は、リーダー必須のスキルと言われていますが、ファシリテーションも「回す力」の1つと考えていいのでしょうか。

楠本:そうですね。「回す力」として紹介している技法の中に、ファシリテーションのエッセンスが含まれています。ファシリテーションと聞くと、会議や打ち合わせの場で使うイメージがありますが、普段のちょっとした会話の中でも、相手から意見や思いを引き出すことができればそれに超したことはありませんよね。そういう技法も、活き活きとした場をつくるためには必要です。

――ありがとうございます。円滑なマネジメント行う上でのヒントを頂けたと感じています。そして、「人を回す」の次にくるのが、「場を回す」というステップです。そこでの一番重要となるキーワードは何でしょうか。

楠本:「楽しさ」です。前述の通り、昨今よく語られるような「生産性向上」「動機付け」「働き方の変革」などが重要であることは否定しませんが、仕事の時間や、そこでの人間関係が良好で楽しくないと、長続きはしないでしょう。仕事の場面でも、仕事以外の場面でもメンバーが「楽しいな」「このチームにいると幸せだな」と思えるような場や空気を作ることです。それによって、結果的にやりがいやエンゲージメントにつながっていくのだと考えます。

(後編につづく)

人・場・組織を回す力

人・場・組織を回す力

「この人といたら、何となく気持ちいい」
「この人がいたら、場が楽しくなる」
「この人のおかげで、組織が活き活きしている」

そんな風に周りから思われる方法や、リーダーシップの方法があるなら、その技法を身に付けてみたいとは思いませんか?
それが、本書でご紹介する「人・場・組織を回す力」です。

①人を回す力……相手との何気ないやりとりを通じ、徐々に好意を集めていく力
②場を回す力……メンバーとのやりとりを通じ、その場を愉快なものにしていく力
③組織を回す力…そのコミュニティを裏方で支え、さらに活性化させていく力

最初から全部をやる必要もありません。誰にでも簡単にできるコツから、やや高度なスキルまであり、ちょっとずつ、段階的に進めていけるようになっています。
つまみぐいでも問題ありません。60点くらいを目指せば充分です。
この本をきっかけに仕事、人間関係、そして人生をさらにいいものにする方法をぜひつかんでもらいたいと思います。

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