「無意味ジャスティス」に要注意? 令和のリーダー像がここに。
■現代のリーダーには「回す力」が必要だ
リーダーや上司に求められる資質、結果を出すマネジャーの条件は近年大きく変化している。かつては「俺について来い」と周囲を引っ張る強烈なリーダーシップが重視されたが、それは往々にして強権的で高圧的であり、ハラスメントに結びつきやすいという負の側面があった。ハラスメントに敏感な現代のビジネス界では、このタイプのリーダーは求められていない。
代わりに求められているのが、さりげなく議論を促したり、場を盛り上げたりする「回し役」としてのリーダーシップである。『人・場・組織を回す力』(楠本和矢著、クロスメディア・パブリッシング刊)はこの「回し役」の技法を解説する注目の一冊だ。 リーダーに「回す力」があると、個々人が不安や恐怖感なく、快適かつ前向きに仕事に取り組め、チームが活性化する。「いかにチームを居心地よく安全な場所に整えるか」という現代のリーダーに共通する課題への答えが「回す力」なのだ。
■「回す力」が必要となる、2つの理由
本書によると「回す力」とは「複数人がいる場で、メンバーから発言を引き出し、場を活性化させるコミュニケーション」のことであり、以下の3つがあるという。
- 人を回す力:相手との何気ないやりとりを通じ、徐々に好意を集めていく力
- 場を回す力:メンバーとのやりとりを通じ、その場を愉快なものにしていく力
- 組織を回す力:そのコミュニティを裏方で支え、さらに活性化させていく力
様々なコミュニケーション・スキルやマネジメント論がある中で、これからのリーダーにとってはこの「回す力」が特に重要になるとしている。その理由として、大きく2つが挙げられている。
一つ目は、混迷を極める現状では、リーダーひとりが先導するのではなく、オープンな姿勢で人や新しい情報を受け止める力や、周囲との知的なやりとりの中で新しい知恵を生み出していく力が不可欠だということだ。「自分が前に出る」リーダーシップだけでは、周りから十分な協力や知恵を引き出せず、導けるアウトプットに限界がくる。だからこそ、いきなり主張するのではなく、まずは「人を回す」、つまり円滑な人間関係を構築し、お互いに認め合う関係となることが重要だ。そして、信頼関係を礎とし、相手に対して時にはスパイシーな返しや突っ込みを入れたり、話題を提供したりするのである。
二つ目の理由は、人と人とのやり取りの中で得られる楽しさこそが、良質な組織、そして社会を作っていくための処方箋になるということだ。これまでのリーダーシップ論やマネジメント論で、「愉快な時間」や「笑い」が語られたことはほとんどない。リーダーが率いるのは機械ではなく、感情を有する「人」である。「心理的安全性」は必要条件に過ぎず、この組織にいたい、幸せだと思える理由は、「やりがい」や「会社とのエンゲージメント」といった堅苦しい話だけではない。シンプルに「楽しい人間関係」も、その強力な理由になり得るだろう。本書を通じて、そのことに改めて気付かされる。
■まずは、「人」を回すところから
これからのリーダーには「回す力」が不可欠だ。しかし、いきなり「回せる人」になることはできない。本書のLev.1にある「まずはポジティブに受け止める」姿勢から始めるべきという示唆は、何気なくやっているようで実はできていない内容でもあり、それを「技法」として体系化してくれていることで非常に納得感がある。
本書は「回す」コミュニケーションをしっかり体系化しているが、所々で笑えるような事例や方法論が紹介されているので読み飽きない。特に印象的だったのは「無意味ジャスティス」というコトバだ。これは、どうでもいいことやどちらでもいいようなことを、いちいち正論で指摘したり提案したりすることを指す。部長と部下の「空港でのエピソード」を使って紹介されているが、恐らく著者の実体験なのではないかと推察する。自分の身の回りにも、こんな人は確かにいる。
Lev.2の「積極的に相手をリスペクトする」という技法は、人の心を掴むための一歩進んだ手法だ。相手を上手くいい気持ちにさせるコミュニケーションを自然に繰り出せる人もいるだろうが、これまでそれは「単なるキャラクター」として片付けられていた節もある。著者はそれも「技法」として位置付け、誰もが意識的に使えるように整理してくれている。本書で伝えている「気持ちは言葉にしないと伝わらない」というニュアンスには、なるほどと思わされる。
■愉快な時間と笑いで、「場」を回す
本書の山場は、個人的には Lev.3「+αの反応をしよう」という章にあると感じる。知的で愉快なやり取りこそが良質な組織に必要だとするならば、それを創り出すのは「回す人」である。誰かが何かを発言し、誰もそれをたいして拾わずにしれっと流してしまうような場...著者が言うように、そこに何の精神的な豊かさもない。誰かがそれを上手く受け止め、ユニークに返したり突っ込みを入れたりするからこそ、愉快な対話が始まっていく。
本書では、わかりやすく解説するために日常のカジュアルなケースを用いて、様々な「突っ込み」と「返し」のパターンを体系的に整理している。紹介されているケースが、ある意味ビジネス書には似つかわしくないバカバカしさがあり、楽しんで読み進められる。いつの間にか笑いの中心にいるリーダーは魅力的であり、そんな組織にいる人達は幸せだろう。
Lev.4は「話のパス回し」という技法だ。人から意見やアイデアを引き出すには、やはりこういう意識が必要だと改めて感じる。また、話が滞ったときの突破法として紹介されている「妄想的な話題をつくる」という内容が面白い。これは直接ビジネスシーンで使えるものではないかもしれないが、コミュニケーションを通じて人間関係を豊かにするためには、押さえておいても良い技法だ。職場の人間と食事や飲み会に行く機会は多いだろう。そんな時にリーダーが仕事の話や真面目な話しかできないとわかったら、正直メンバーは興ざめする。立場の上下関係なく、皆が楽しめる話題をつくる存在になれば、リーダーとしての人気は揺るがないものになるだろう。
■新しい刺激を与え「組織」を回す
Lev.5とLev.6では「組織を回す」技法が紹介されている。特に印象に残ったのは、自ら「提案者になること」の重要性だ。「組織に停滞感が出たり、人の悪口や愚痴を言い始めたりしてしまうのは、何もトピックがないから」という著者の主張は的を射ている。そのために、リーダー自らが皆で取り組める新しい挑戦を提案したり、メンバーを喜ばす提案をしたりすることは、組織を健全に、そして精神的に豊かな状態に保つために欠かせない。
「たとえ今いる組織が楽しくなかったり、マンネリになっていたりしても、それを人や環境のせいにしても始まらない。自分がアクションしなければ、未来永劫変わることはない」という著者からのメッセージが、グサッと心に刺さる。少なくともリーダーの立場にいる人は、そんな「提案者」になったり、「誰かの提案の支持者」になったりしなければならない。ここまで到達すれば、確かに「新時代の、しなやかなリーダー」になれる気がするし、そのための具体的な手順がここにある。
この書評を書きながら、本書の素晴らしさを改めて確認できた。自分のマネジメントに自信が持てない人、管理職として結果が出ていない人、部下から嫌われている気がする人、職場で存在感を示せていない人など、本書によって明日につながる気づきを得られる人は多いはずだ。必読の一冊である。