140説以上が乱れ飛ぶ死の原因 天才モーツアルトの最後とは?
偉業を成し遂げ、歴史に名を刻んだ偉人たちは、晩年をどのように過ごし、最期を迎えたのか。フランスの昆虫学者のアンリ・ファーブルはモノやお金より自分の庭を愛し、イギリスの看護師のフローレンス・ナイチンゲールは病身でも仕事を続けた。そんな偉人たちの最期から人生について考えるのがおしまい図鑑: すごい人は最期にどう生きたか?(真山知幸著、笠間書院刊)だ。
■140説以上が乱れ飛ぶ死の原因 天才モーツアルトの最後とは?
本書では、著述家・偉人・名言研究家の真山知幸氏が、ウォルト・ディズニー、ココ・シャネル、ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト、伊能忠敬など、さまざまな分野で活躍したすごい人たちが、人生の最期をどう過ごし、どんな風に終えたかに着目し、その生き様を紹介する。
数多くの名曲を残したオーストリアの作曲家、モーツァルト。才能豊かなモーツァルトは、35歳の若さで他界。死者のためのミサ曲「レクイエム」の作曲へ取り組むなかでの死は、ライバル関係にあったアントニオ・サリエリがヒ素によって毒殺されたなど、さまざまな憶測を呼んだ。最終的には腎不全で亡くなったが、腎不全に至る病名は140もの説が唱えられていて、真相は明らかになっていない。
5歳から作曲を開始したモーツァルトは、6歳から音楽家の父に連れられてヨーロッパ各地を演奏して回る生活を送った。その人生の3分の1以上が旅に費やされており、ハードな日々が健康を蝕んだのかもしれない。また、晩年のモーツァルトは経済観念に欠けていたことやギャンブル好きでもあり、抜きんでた才能が市場価値とずれ始めたこともあり、人気も下火になり、借金を重ねるほどの生活苦にもなっていた。
モーツァルトは父が病に伏せると、死についての手紙で「死は正しく考えるならば、ぼくたちの生の真の最終目的地でありますから、ぼくはこの人間の真実で最良の友と数年来非常に親しくなっています。そして、その姿はぼくにとってもう何も恐ろしいものでもなくなり、むしろ多くの安らぎと慰めを与えるものとなっています」と書いている。また、「もしかしたら明日はもうこの世にいないのではないかと考えずに、床に就くことは一度もありません」とも記している。天才モーツァルトも悩みながらも日々生き、生きる最終地点に向かって進んでいたのだ。
人生の最期である「おしまい」を考えることは、これからの人生の新たな「はじまり」を考えることにほかならないと、著者の真山氏は述べる。偉人たちの晩年の過ごし方や生き様から、限りある人生をどう過ごすかを考えてみてはどうだろう。
(T・N/新刊JP編集部)