自殺未遂で重傷を負った妻 夫が語る贖罪の気持ちとは
家族や親しい知人が自殺を試みたら、どんな人でも強いショックを受けるだろう。
「なぜそんなことを……。」
「自分自身にできることはなかったのか……。」
こんな自問自答をして、自殺未遂をした人をどうにか理解しようとする。しかし、答えが出ることはなく、苦しみ続けることになる。
『朝陽を待ちわびて~妻の再生物語~』(幻冬舎刊)の著者・桜木光一さんの妻は、2021年の10月、自ら命を絶とうと歩道橋から飛び降り、頭蓋骨骨折、脳挫傷、左目眼底骨折、第一腰椎圧迫骨折、骨盤複数骨折、左手複数骨折など命にかかわる複数の重傷を負った。一命はとりとめたものの嗅覚や味覚の消失、脚の痺れや激痛など生涯続く後遺症を患うことになった。本書はそんな妻に寄り添い続けた桜木さんの手記である。
自殺未遂の第一報を受けた時の衝撃や、病院に運び込まれた時、そして一命をとりとめた時、リハビリが始まった時、桜木さんの胸にはどんな思いが押し寄せたのか。そして、本書で何を伝えたかったのか。ご本人にお話をうかがった。
■妻の自殺未遂の裏にあった義実家との関係
――『朝陽を待ちわびて~妻の再生物語~』は自殺未遂で重傷を負った桜木さんの奥様と桜木さんの記録です。まずこの記録を書籍として世に出そうと思った理由についてお聞かせください。
桜木:まずもって、既に書籍を読んでくださった皆様に感謝を申し上げたいと思います。
書籍を世に出そうと思った理由は主に4つあります。
1つ目は、事故発生当時、私自身の不安定になった精神状態を記録することで、自分を客観視して精神の安定を図ろうと書き始めました。
救急治療室に運び込まれた妻は頭蓋骨が割れて、頭から血が噴き出し、ベッドは血の海でした。私は、本能的に「自分と妻を交代させてほしい」と天に祈りました。その後半年間、妻に24時間付き添ったのですが、痛みやしびれ、高熱の世界に妻を追いやってしまったことへの贖罪の気持ちに毎晩苦しみました。
妻の自殺未遂は2021年10月。コロナで一般的には入院患者への付き添いはできませんでした。妻が病院で再び自殺未遂を起こす可能性があった為、特別に私は介添えを認めらました。病院側からは「自傷行為は医学の世界を飛び越える場合がある。助けるのは夫であるあなた自身だ」とも言われました。私自身が良心の呵責にさいなまされ、精神的に追い詰められる中で、介添人として昼夜立ち続ける為、自分を客観視出来るようにと全てを記録化することにしたのです。
2つ目の理由は、万が一妻に先立たれた場合、生まれてくる孫が、いつの日か、「おばあちゃんはどんな人だったのか?」と悩んだ場合に備え、妻の最期の闘いを書き留めておこうと思ったこともきっかけになりました。もちろん自傷行為はいけないこと。そして、そこに至ったのは私の責任でもあります。しかし、自殺未遂で大けがを負ったところから立ち上がろうとした妻の闘う姿を残したら、この先孫が生きていく上で何らかの参考になるかも知れないと思いました。結果的に妻は一命を取り留めました。全ての方に感謝申し上げます。
3つ目の理由は、自分の周囲にいる同世代の方々と話してみると、50歳前後で自殺を意識している方が何人かいらっしゃったことが挙げられます。実際に知人が亡くなったという方もいました。それを聞いた時、もしかしたら妻だけではないのかなと思ったのです。自分が記録したことを本として発表することで、そういう方々が踏みとどまるきっかけになればと願い、良いことも悪いことも含めて世に出してみようと考えるようになりました。
4つ目の理由としては、妻の再生に向けご尽力いただいた方々に感謝を申し上げ、その心を世に残したかったことが挙げられます。
――現在の奥様の状況はいかがでしょうか。完治とはいかないまでも本書を読むと回復には向かっていることがうかがえます。
桜木:多くの医師から起き上がることや歩くことは生涯不可能かも知れないと言われました。しかし、全てを振り切るように、2022年1月から自宅で本格的にリハビリを始め、その後、妻は厳しい訓練を乗り越え、2023年4月の時点で順調に回復しています。2022年4月に肉体的回復を願い、北海道を旅しました。その際は全行程、車椅子でした。2023年4月には、リベンジのため、再び北海道へ行きました。その時、妻は自分の足で北の大地を歩むことに成功しました。
しかし、2023年6月から精神不安に陥り鬱状態になりました。肉体と並行して必ずしも精神は回復しない。そんな難しさを痛感しながら、現在、課題克服に向けて闘っています。
症状としては喜怒哀楽が無くなり、笑うことも、涙を流すことも出来なくなりました。これは鬱の特徴でもありますが、前頭葉にダメージを負った影響も懸念されます。
脳神経外科医からは自殺未遂の時に負った頭蓋骨骨折と脳挫傷の影響もあり、若年性アルツハイマーと、てんかんのリスクがあると指摘を受けました。それはいつ現実に起きるかまだ分かりません。現状は精神的鬱の状態か、外傷を起因とする精神的不安かは判別できず、苦しんでいます。
――メンタル面については、自殺未遂の前から不安定なところがあったのでしょうか。桜木さんのご両親との折り合いがよくなかったということが書かれていましたね。
桜木:不安定な部分は全くないと思っていました。よって事故発生日は私自身衝撃を受けました。ただ、妻は母子家庭で育ったということもあって、私と結婚してからは近くに親族がおらず、私以外に相談出来る方はいない状態でした。
妻は私の両親に、よく尽くしてくれました。昭和一桁生まれの私の両親は封建的な人間で、妻に対して時に差別的な物言いをすることがありました。それでも「昔の人だから仕方ない」と我慢してくれていました。
妻のお母さんは亡くなる直前、「死んだ事は伏せてほしい、ひっそりと去りたい」という唯一の遺言を残しました。それに従って妻は私以外の誰にも母の死について語らず、葬式も密葬で行い、私の両親にも伝えませんでした。それを知った臨終の間際の私の父が非常識者だと妻をなじったのです。私の両親が妻のお母さんに何かしてくれたことは一度もありません。価値観は様々ですが、私は、それは筋違いだと死に逝く父に言いました。
妻からすると唯一の肉親の死を冒涜されたように受け取ったのでしょう。気にするなと私は妻に言いましたが、父の最期に吐いた言葉は、静かに、そして深く、妻の心に刺さりました。その件の3日後に妻は自殺未遂を起こしました。
――自殺未遂など自傷行為の場合、保険が下りないというお話が衝撃的でした。
桜木:自傷行為は原則保険適応外です。健康保険組合も同じです。
自傷行為を起こした場合、当人も周囲も含めて不幸になります。
(後編につづく)
【厚生労働省が紹介している主な相談窓口】
・いのちの電話 0570-783-556(ナビダイヤル)/0120-783-556(フリーダイヤル)
・こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(ナビダイヤル)
・#いのちSOS 0120-061-338(フリーダイヤル)
・よりそいホットライン 0120-279-338(フリーダイヤル)
岩手県・宮城県・福島県から 0120-279-226(フリーダイヤル)