還暦でアメリカのカレッジに留学。異国での0からの生活で得たものとは?
年齢を重ねるにつれて新たなチャレンジへのハードルは高くなるものだ。
気力、体力の衰えに加え、家庭や仕事などの諸事情によって、様々な制約を受ける中で行動を起こす事はなかなか難しいものがある。
そんな中でも、かつて諦めてしまった夢を再び追いかけることは誰にでも可能なはずだ。
この本の著者である松木 梯さんは、コンサルティング会社を経営する傍ら、還暦を迎えた歳に「海外留学」と言う自分の長きにわたる夢を叶えた人物である。
子どもの頃は家が貧しく、高校の修学旅行にも行けなかった。それでもアルバイトをして得たお金を投資し、アメリカ留学を夢見て英語の勉強をした。しかし、諸事情で大学への進学ができず、高校卒業後すぐに就職をすることになった。
それから約40年後。60歳になった松木さんは、アメリカ西海岸のカレッジのキャンパスに立っていた。ついに、ついに夢のカレッジ留学を成し遂げたのだった。
『還暦の留学生』(幻冬舎刊)はそんな松木 梯さんの挑戦を元にした、成功哲学の実践と、息子への思いがつづられた、渡米の記録である。
■仕事や家族をどのようにクリアしたのか?
還暦を迎えてからのアメリカ留学。気になる点がいくつかある。仕事や家庭といったハードルをどのようにクリアしていったのか。
まずは仕事についてだが、前述のとおり松木さんは経営者であるため、主な実務を新たに任命した社長に任せ、松木さん自身は時間と場所に縛られない、いわばリモートワークのみを行い、セミリタイア状態となっていた。
続いて家族だが、実は松木さんがアメリカに留学するきっかけになったのが、息子の長期留学だった。息子は中学時代にも二度、短期留学で渡米していたが、松木さんは「目に入れても痛くないほど可愛い息子」に同行する形で、アメリカに飛んでいた。
そして息子は中学卒業とともに本格的に留学することになるのだが、「一人息子を単独でアメリカに放り出す勇気がなかった」という松木さんも一緒にアメリカに行くことになったというわけだ。
■還暦の留学生が受けたカルチャーショック
アメリカでの生活はまさに0からのスタートだ。家を借りること、家具の購入、自動車の購入、息子のハイスクールが始まるまでの語学学校への入学。サマータイムや文化の違いなどに戸惑いながらもひとつずつクリアにしていく。
そして、アメリカ生活も1年余りが過ぎ、ついに松木さんは長年の夢であったカレッジのキャンパスに通うことになる。入学したのはアーヴァイン・ヴァレー・カレッジ。1985年創立の公立大学である。
40数年ぶりの授業はパソコンを使った近代的なもので、松木さんは「高校で学んでいた頃の100%アナログの授業と比較にならない」とカルチャーショックを受ける。また、クラスメイトとの親睦会でちらし寿司をふるまったり、イギリスをテーマにした発表会では多国籍のチームメンバーの、およそ日本人では考えられない行動に驚いたりするなど、異文化の中でのキャンパスライフは刺激的なものだったようだ。
悪戦苦闘の連続で、アメリカは自己責任の国であると思い知らされるエピソードもある。
しかし、異文化に飛び込むというチャレンジは、大きなものを松木さんにもたらしたようだ。本書の最後で帰国時を振り返りながら、次のようにつづっている。
「・・・逞しく成長した息子を思うのと同時に、還暦を過ぎてなお学び、成長しているかのような、ある種の喜びを感じている自分がいました」(p.269より)
「自分にはできない」と思っていては何も始まらない。チャレンジの先にはまだ知らない夢の世界が広がっている。
本書に描かれている松木さんの素直な言葉は、何かにチャレンジする全ての人に対して、勇気を奮い立たせてくれるはずだ。
(新刊JP編集部)