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【「本が好き!」レビュー】『洞窟と考古学者: 遺跡調査の足跡と成果』福井洞窟ミュージアム、倉敷考古館編

提供: 本が好き!

洞窟遺跡は、日本ではあまりメジャーではないかもしれない。
日本では開発に伴う発掘調査が圧倒的に多いため、開発されることがまずない洞窟遺跡の調査は学術的な目的のものに限られるからだろう。

でも、洞窟遺跡は日本の歴史を解明するうえために重要となる情報を数多く埋没させているようだ。
本書は、九州北西部の洞窟遺跡とその謎を追跡した考古学者を紹介した概説書である。
長崎県の福井洞窟ミュージアムと岡山県の倉敷考古館で開催された企画展の図録でもある。

本書は全4章からなる。
第1章で洞窟遺跡の調査のはじまりについて取り上げる。
洞窟遺跡の発掘調査は、戦後間もないころから活発となっていった。
戦争でゆがめられた歴史観の是正という気持ちもあったのだろうか。
地元でこつこつと積み上げてみた在野の考古学者たちによる研究の積み重ねに注目が集まり、研究は本格化していった。

第2章は地道な研究により発見され、発掘調査が進められた遺跡が紹介される。
その数、15遺跡。
なかには弥生時代の集落や墓地もある。   第3章は洞窟に魅せられた考古学者の紹介だ。   大学で教鞭を執る考古学者もいるが、在野の研究者にも注目している点が本書の魅力だ。
在野の研究者といえば、岩宿遺跡で旧石器を発見した相沢忠洋が有名で、本書にも取り上げられている。
しかしながら、多くはほとんど知られてこなかった研究者が数多く登場する。
しかも、相当の成果を上げていた人ばかり。

例えば、本地寺の第36代住職の井出寿謙は、相沢が旧石器を発見するより以前にすでに旧石器を発見していた。
それも、ただ石器として把握したわけではなく、それが国外の古い時代の石器に類似することも看破していたという。
ただ学会での議論の俎上になかっただけだ。
もっとも井戸寿謙自身は、最初の発見者になることなど、まったく拘らなかったはず。   大学で教鞭を執る考古学者としては、賀川光夫を紹介したい。
賀川は自ら命を絶った。
自らの名誉のために。
東北を中心として発覚した旧石器の捏造事件。
1人の在野の考古学者が石器を埋めて発見したふりをして、最古記録を更新し続けた。
結局、マスコミが捏造をスクープした。
考古学会は大きく揺らぎ、再検証に追われることになった。
その余波が賀川の調査した聖嶽洞窟遺跡にも押し寄せた。
賀川はきちんと身の潔白を証明し、公式に会見を開いたものの、そのことは取り上げないマスコミ。
そして、最悪の結果になった。
賀川の死後、遺族は訴えを起こし、勝訴している。
つまり、マスコミらによるえせ正義で、真摯な学者が自らの命を絶つことになったのだ。
真摯だったからこそ疑われたことに耐えられなかったのだろう。
疑ったほうはどの程度の気持ちだったのだろうか。
そして、いまどんな気持ちで日常生活を送っているのだろうか。

最後の第4章はまとめで、洞窟遺跡の調査成果の意義を説く。

考古学はしばしばロマンという言葉を冠せられる。
それが捏造を助長したこともあり、それに対抗する正義が真摯な学者の命を奪うこともあった。
本書は洞窟遺跡と真剣に対峙してきた人たちの記録と言える。
簡単に評することは許されないような気もするが、多くの人が手に取るきっかけにほんの少しでもなればと思う。

(レビュー:休蔵

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
洞窟と考古学者: 遺跡調査の足跡と成果

洞窟と考古学者: 遺跡調査の足跡と成果

考古学者が追い求めた洞窟遺跡の魅力
日本列島の石器文化、農耕の起源を求めて、洞窟遺跡の探究がはじまった。

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