マネージャーに求められる人間力よりも大切な能力とは
多くの企業で人事評価制度が取り入れられているが、その中には形骸化してしまい、期末になると現場に負担をかける「儀式」となってしまっているケースも多い。
では、何のために人事評価制度があるのか。
経営コンサルタントとして150社を超える企業の人事制度の構築・運用に携わってきた宮川淳哉氏は、著書『中小企業のための人事評価の教科書』(総合法令出版刊)の中で、その真の目的を説き、どのように制度を構築し運用すればいいのかを解説している。
ここでは宮川氏へのインタビューを行い、人事評価のあり方、考え方から、いかにして人事評価制度をマネジメントツールとして機能させるか、そして本質ともいえるマネジメントについてお話をうかがった。この後編ではマネージャーに求められるものや、変化が激しい「流行」との向き合い方について答えてもらっている。
(新刊JP編集部)
■マネージャーに求められる人間力よりも大切な能力とは
――本書の本質的なテーマはマネジメントであると思います。人材育成を含めて、マネジメントに課題を抱えている企業は少なくないですが、マネジメントが上手く機能するためにマネージャーに求められる要素、能力はなんでしょうか。
宮川:マネージャーに求められる要素や能力として、書籍や研修などを見るとだいたい2つの内容にまとめられます。
1つ目は細かいスキルですね。コーチングスキル、ファシリテーションスキル、プレゼンテーションスキル、ロジカルシンキングといったものがあげられます。
2つ目は人間力です。部下との信頼関係を築いて影響力を発揮することが求められるわけです。
ただ、実は私自身はその2つに少し違和感を持っているんですね。
では、どんな能力を求められるのか。まず必要なのはマネージャーの役割認識です。マネージャーの目的、仕事とは、自部署の目標を達成すること、そして部下を育成するということです。そのためにPDCAをうまく回す能力が求められます。
自部署の目標達成のためのPDCAを回すためには、あるべき姿やビジョンを設定する力、現状を把握する力、分析する力、ギャップを見出して、そのギャップを埋めるための仮説を立てて実行する力、結果を検証して次につなげる力が必要です。
また、部下育成のためのPDCAを回すためには、計画的に経験を与え、その経験から何を学べたか、そして今後に生かせる教訓は何かという経験と学びのサイクルを回せるようにフォローする力が必要です。
――「マネージャーには人間力が必要だ」という言説は私も目にしたことがありますが、それは必要ではないということですか?
宮川:いえ、そうではありません。マネージャーには人間力が必要だという話はもっともだと思うのでそのための努力はぜひするべきですね。ただし、全人格的な人間力が必要だと定義づけてしまうと、それが不足している人はどうするのか、どうやって身につければいいのかとなってしまいます。
しかし、PDCAを回す力というのは手法ですから自分の中で型として確立しやすいはずです。そのマネジメントの型をしっかり確立したうえで、その型に基づいてPDCAを回していくと。そして都度の成功体験や失敗体験を反映させて、マネジメントの型をブラッシュアップすることでより再現性の精度が高まります。
1つ目にあげたコーチングスキルやファシリテーションスキルなどの個々のスキルもPDCAを回していくための補完的なスキルですから、やはりPDCAをうまく回す能力が一番重要ではないかと思いますね。
よく、「変化が激しく先行きが不透明な今の時代こそ、○○スキルが必要だ」のような表現を目にしますが、先ほど申し上げたようなマネジメントの型を既に自分なりに確立している人がそれを取り入れるということならよいと思います。
間違っても、「○○スキルがあれば成功する」というものではないですし、それを学ぶ研修を1日受ければ自分が変わるというものではないでしょう。
――ビジネスを取り巻く環境であったり、価値観、それこそ今お話ししたような求められるツールもどんどん変化しています。本書でもリモートワークやジョブ型雇用が触れられていますが、そうした新しい価値観やスキル、ツール、制度が出てきたときにどのように対応すればいいのでしょうか。
宮川:まず、流行は2種類に分けることができます。1つは働き方改革のように、会社で取り組まなければいけないもの。もう1つはジョブ型雇用やティール組織、OKRなどで、会社によって取り組むか、取り組まないかを選べるものです。
前者については、「手段が目的化しやすい」という点に留意して対応しましょう。
本書でも書いていますが、その先にある目的がそもそも何かを理解することが必要です。例えば、働き方改革の目的は残業上限規制ではなく、働きやすい環境を整備して、生産性を向上させることです。
その目的を認識していない状態で最低限の取り組みだけをしても、目的は達成できないでしょう。
後者のジョブ型雇用やティール組織といった、いわゆる「流行」についても、大事なのは目的です。その目的を理解したうえで、本当にそれをやるべきかどうかを考える必要があります。
ただ、多くの企業は、そもそもその言葉の定義が定まっていない状態で飛びついているんですよね。ですからこちらは、「定義を明確にした上で、自社の目的と照らし合わせて導入の必要性を検討する」という点に留意して対応しましょう。
本書でも「ジョブ型人事制度に関する誤解」として書かせていただいていますが、そういった「流行」は、中途半端に理解されたまま広がっているところがあります。メディアもしっかり理解していない状態でニュースを発信したり、そこでコメントを求められている専門家と言われる方も、間違った解釈をしていることが多いんです。
だから、まずはそういった情報を目にしたときは、クリティカルシンキング、批判的思考が大切です。つまり、情報を鵜呑みにせずに、前提条件が正しいのか、事実なのか意見なのか、違う視点はないのか、情報が不完全ではないのかなどを考えた上で解釈し、自分なりにしっかりした定義を持ちましょう。特に人事の責任者であるならば、そこまでしたうえで自社でも導入すべきかどうかの結論を持っておくべきでしょう。正確に理解しないまま、安易に「流行ってるからうちでもやったほうがいいんじゃない?」という声には乗らないことですね。
――最後に、本書を読むことでどんなことが達成できるようになるのか、読んでほしいポイントを教えてください。
宮川:人事部の皆さまや経営陣の皆さまにとって、本書を読むことで人事評価制度についての認識ががらっと変わるのではないかと思います。
真の目的をしっかり共有したうえで、会社として、人事部として、現場のマネージャーに対してどのようなサポートをすべきなのか、そしてどのようなマネジメントの仕組みを作るべきなのか、その答えをつかめるのではないかと思います。そして、そのサポートや仕組みを実践していくことで、人事評価制度の目的である社員の成長と業績向上を達成していただきたいと思います。
また、評価者であるマネージャーの皆さまには、部下育成と目標達成のためのマネジメントツールとして使っていただき、部下の育成や自部署の目標達成に役立てていただきたいと思います。
(了)