だれかに話したくなる本の話

教員が見るべき「学生のやる気」を知ることができるポイントとは?

学生たちの考えていることが分からない。モチベーションが高いのか低いのか、見極められない。もしかしたら学生が大学を辞めてしまうかも。

教える立場である教員にとって、学生がどんな気持ちで授業や講義にのぞんでいるのかは大事なところだろう。
では、そんな学生の「やる気」を計る手段はないのだろうか?

桃山学院大学経済学部教授の中村勝之氏が執筆した『文庫改訂版 学生の「やる気」の見分け方 経済学者が教える教育論』(幻冬舎刊)は、中村氏の実践例や蓄積したデータをもとにしながら、学生の「やる気」を見分ける考え方がつづられている。
今回は中村氏にインタビューを行い、実際の話をうかがった。

(新刊JP編集部)

■学生の「やる気」は、書いた文章にあらわれる

――本書は2019年に刊行された単行本の文庫改訂版となります。中村先生のご専門は経済学ですが、どうして教育関連の本を書かれたのでしょうか?

中村:本の執筆のお話をいただいた以前から、文科省や産業界から大学教育を改革する必要性が叫ばれていまして、それを受けて全学レベル、学部レベルでも動いていたんですね。ところが、それが僕の思っていることと真逆だったんです。

どういうことかというと、僕が勤めている大学って偏差値帯がちょうど真ん中くらいなんですが、その真ん中の子たちをどうやって教育しようかというときに、ほとんどの先生は「ついて来れない子」に合わせて講義をするんですよ。そうしていると、学生たちは私たち教員をくまなく見ているので、できないレベルをさらに下げてくるわけです。そっちの方が楽に単位が取れるから。教員側も学生たちに嫌われたくないから、さらに講義のレベルを下げる。

それが続いていくと、カリキュラムは無駄に複雑なのに、講義の中身はすごく簡単になってくる。それじゃ教育にならないでしょうというのが僕の意見です。もちろん、締めつけをきつくすれば学生が伸びるかといえばそうではないけれど、本来締めるべきところを緩めて、緩めてもいいでしょうというところを締めている点に問題意識をもっていました。

そういう背景があって、アンチテーゼとまではいかないまでも、もうちょっと学生への目線を変えたらいかがですかという思いがあったので、それを本にまとめようと考えて執筆したのが『学生の「やる気」の見分け方』だったんです。

――その時に抱えていた怒りを本に落としたということでしょうか。

中村:そうですね。怒りに任せて書いていた部分はあります(笑)。だから、経済学ではなく、教育の本になったということですね。ただ、序章と終章にはデータを使って、ちょっと引いたところから分析をしています。経済学の研究はそういうスタンスでやっているので。

――この本では、中村先生の講義での実例や経験が反映されています。レスポンスシートという講義に対するメモや感想、イメージなどを書くシートから学生のモチベーションの濃度や変化を分析する点は興味深かったです。

中村:そうですね。このレスポンスシートは今まで集めてきたものすべてのコピーを取って残してあります。僕なりに悪戦苦闘してやってきたことですね。

――単行本が出版された際に、感想は寄せられたのでしょうか?

中村:学校の先生がどんな風に学生たちにアプローチをしているか、その使ったアプローチの使用例が全部開示されているところが良いという感想は出版社経由でいただきました。

――実例が出てきますからね。

中村:大学生だけでなく、高校生も含めた9人くらいの実例を第1章で示しています。さらにどのように評価軸を設定し、フィードバックをしているのかというところで、実践したルーブリック評価について第2章で書きました。具体的に書いている専門家の本はたくさんあると思いますが、専門外の人間が書いたというのはあまりないと思います。

――今回、文庫化するにあたって改訂を加えているとのことですが、具体的にどのような点を改訂したのでしょうか?

中村:まずは序章と終章のデータを最新のものに更新しました。また、メインとなる第4章の学生のサンプル数を約6倍に増やしています。この章では大学を途中で退学してしまう除退者について分析しているのですが、どのタイミングで除退するかといったことも識別して分析しています。他には細かい表現を変えたりしています。

――本書では学生たちの「書く」という行為から、いわゆる「意欲」「やる気」を割り出していきます。やはり意欲のある学生とない学生は「書く」部分に差が出てくると。

中村:本書の第1章を読んでいただければ分かると思いますが、一目瞭然ですね。まるで違います。真ん中の偏差値帯では、学習に対して意欲的でなかったり、好奇心が旺盛でない子たちは、10分くらいで講義の感想を書きなさいと言われたときに、だいたい「●●が分かって良かったです」という書き方をするんです。まずはそこに出てくる。

――感想を書くときの定型文ですね。

中村:高校の段階からこういう書き方が許されていて、彼らは「それ以上突っ込みが入らないようにするためのスキル」としてこの書き方を身につけている。そう書いておけば、「そうか、ここが分かったのか」と先生たちは褒めてくれますからね。

僕の場合、こう書いてきた子に対して、返すときに「今後はこういう風に書くな」と釘を刺します。定型文を封じるわけですね。

――この定型文は、高校はもとより前からずっと使っている文章なので、封じられると手がない学生も多いのではないですか?

中村:そうです。ただ、頭のいい子って、そこから早い段階で抜け出していくんです。それに、多くの学生は質問に対して上っ面な回答をすることが多いんですが、賢い学生は薄皮を1枚でも2枚でもめくったところを書いたり、教員が提示した問題からちょっとずれたことを書いたりするんです。彼らはそういう風にして教員を瀬踏みしているんだと思います。だから、決まりきった定型文で感想を書いてくる学生よりも、講義に対するモチベーションは高いということですね。

――定型文を封じることで、学生の「やる気」を転化させることはできるのですか?

中村:8割はできませんが、2割はちょっとだけやる気が上がります。

――学生の「やる気」が落ちているときに、「やる気」を出させる方法についてお聞きしたいです。

中村:的確な答えになってないかもしれません。学生によるんですけど、この子はすぐに声をかけたほうがいいという時には声をかけます。ただ、基本的には学生がSOSを出すまで待ちますね。これは1人ひとりちゃんと見て声かけのタイミングを計っています。

――その学生の性格に合わせて変えていらっしゃる。

中村:これは僕の問題なんですが、僕が発する言葉って毒や棘が多いんです。それを丸呑みすると、拒絶反応を起こされてしまうんですね。だから、厳しいことを言われるのを我慢してでも、先生の話を聞いてみようという雰囲気に相手がならない限りは、声はかけられないです。一方で、僕と学生の間である程度の信頼関係が構築されていれば、早めに言います。

――となると、信頼関係が構築できる環境が必要だと思います。その意味でも、大教室で一方的に話を聞くスタイルの講義ではなく、アクティブラーニング的な授業の方が学生との距離が縮められそうです。

中村:多くの人はそう思うでしょうけど、残念ながら幻想です。本書の第5章で、現職の幼小中高の先生を対象にした教員免許状更新講習でのアクティブラーニングの実践を書いていますが、あそこで僕の話がちゃんと通じていたのは3%くらいでしょうか。

3%と聞くとすごく低いと思うかもしれませんが、1人の人間が見ず知らずの100人を相手にして、影響を及ぼすことができるのは3人がMAXだと思います。そういう意味では、教育活動の現実は徒労が多い。でも、その3人が意図通りに育つのを見ることができる。その割り切りが教員には必要なんだと思います。

――その「3%」はアクティブラーニングの数字で、座学になるともっと低くなるということですか?

中村:いえ、同じですね。座学もアクティブラーニングも。

――そうなんですか? アクティブラーニングの方が学生も能動的に動けて、意識が変わるようにも感じます。

中村:アクティブラーニングって要は「ネタ」だと思うんです。それをやって受講生たちが学習をしたというある種の達成感を得るネタですね。そのネタが斬新であれば、実はなんでもいい。

また、座学とアクティブラーニングの比較でいうと、アクティブラーニングをやるなら、座学がしっかりできることが大前提になると思います。座学は一方通行で良くないという言い方されますけど、一方通行でもその教室を先生が統率できていれば学生たちに影響を与えることができます。

(後編に続く)

文庫改訂版 学生の「やる気」の見分け方 経済学者が教える教育論

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