イスラエルに育てられた?ガザ地区・ハマスの不思議な誕生話
イスラエル軍とパレスチナ・ガザ地区のイスラム原理主義勢力・ハマスの交戦が始まって一週間がたったが、いまだ収束の見通しは立っていない。イスラエル側による空爆や地上からの砲撃でパレスチナ側の死者が200人を超える一方、ハマスによるロケット攻撃でイスラエル側にも8人の犠牲者が出ている。イスラエルがガザ地区だけでなく隣国のレバノンにも砲撃を行ったとする報道もあり、今後紛争が近隣地域に拡大する可能性もある。
ところで、イスラエル軍とたびたび戦火を交える「ハマス」とはどのような組織なのか。この組織のルーツには、イスラエルと切っても切れない因縁がある。
■なぜイスラエルはガザ地区のムスリムの先鋭化を見逃したのか?
『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史』(上下巻、ロネン・バーグマン著、早川書房刊)は、イスラエルの諜報特務庁(通称:モサド)や、総保安庁(同:シン・ベト)、参謀本部諜報局(同:アマン)といった諜報セクターが過去に行ってきた暗殺工作を含む特殊作戦の歴史を通して、周囲を敵国に囲まれた状態で建国したイスラエルの歩みを紐解いていく。
イスラエルの諜報機関にとって、建国初期のミッションはユダヤ人を迫害したナチスドイツの幹部らに「正義の裁き」を下すことや、近隣国の情報収集だったが、そのミッションはやがて自国内外で暗躍するイスラム過激派との闘いに変質していった。
件の「ハマス」が設立されたのは1987年12月。創設者のアハメド・ヤシンをインターネット検索すると、武力闘争を行う部門を持つ政党の指導者には見えない、車椅子にのった華奢な老人がヒットする。
少年時代、レスリングの事故で脊髄を損傷し、車椅子生活となったヤシンは、元々はガザ地区で金曜礼拝の説教をしたり、ムスリム同胞団の互助活動に参加する寡黙で内向的な人物だったとされる。ヤシンが活動をはじめた1960年代から1970年代のガザ地区のムスリム同胞団は、イスラエル当局からしても「政治的野心がない社会運動」であり、ましてヤシンが自国を脅かす存在になるなどとは考えられていなかった。
しかし、現実にはこのムスリム同胞団が、ハマスの母体となった。なぜヤシンの思想は先鋭化し、イスラエル当局はその兆候を見逃したのだろうか?
■イラン革命がすべてを変えた
その背景の一つには、当時のイスラム世界で起きていた大きな変化がある。ハマス設立の8年前、1979年に起きた「イラン革命」である。
いち宗教学者であったルーホッラー・ホメイニが革命を先導し、国王を追い出し、イスラム統治体制による新政府を樹立した。この出来事はイスラム世界に強烈なインパクトをあたえた。
イスラム教は、モスクでの説教や通りでの慈善活動をするだけの単なる宗教ではない。政治的・軍事的な力を行使する手段、国を統治するイデオロギーにもなりうる。イスラムはあらゆる問題を解決できる。(下巻P100)
イラン革命からこのようなメッセージを受け取ったイスラムの説教師たちの口調が変わっていった。ガザ地区だけでなく中東各地やアフリカで、彼らが人々に闘争(ジハード)を呼びかける説法をするようになると、それに影響される人々も出てくる。これまでは虐げられても黙っていたおとなしい人々の中から、精力的な活動家が生まれるようになった。ヤシンの台頭は、こうした時代の流れの中から生まれたものだった。
■「イスラエル総保安庁がイスラム過激派を育てたようなものだ」
「ある意味、シン・ベトがイスラム過激派を育てた」(下巻P99)
本書ではイスラエル諜報機関長官を務めたある人物のこの発言が紹介されている。イスラエル当局は当初ヤシンとその支持者らを危険視していなかった。それどころか、この過激派分子勢力を支援してすらいたからである。
当時、イスラエルが危険視していたのはヤセル・アラファト率いるPLO(パレスチナ解放機構)であり、その主流派閥であるファタハだった。イスラエル国内の治安維持を担当していたシン・ベトは、彼らの勢いを削ぐために、ヤシンとその支持者をPLOの対抗勢力として育てようと後押ししていた。穏健なムスリムと考えられていたヤシンは、PLOから支持者を奪う人物としてうってつけだったのだ。
しかし、実際にはヤシンはすでに「穏健」ではなかった。彼の危険性にシン・ベトが気づいた時、すでにヤシンはヨルダンやサウジアラビアの資産家から提供された資金を使って、武装集団を組織し、イスラエルに対して闘争をしかける準備をしていた。1987年、ハマスが創立された時点で、数百のメンバーと数万の支持者がヤシンの元に集っていたのである。
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『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史』で暴露されているイスラエルによる暗殺工作の数々からは、現代のパレスチナ紛争へとつながる歴史の糸が見える。中東の「今」を見通すためには、その複雑に入り組んだ「過去」を解きほぐすことが必須。本書はそのために必須の一冊だ。
(新刊JP編集部/山田洋介)