凄腕営業マンが仕事の「やりがい」に気づいた瞬間
「人生100年時代」といわれるようになり、同時に定年が延びて仕事をする期間が長くなっている今、「仕事をいかにやりがいと喜びを感じられるものにするか」は人生そのものの充実度をこれまで以上に左右するようになっている。
ただ、仕事にやりがいや喜びを感じている人は、決して多くはないのが実情のようだ。リクルートキャリアが2013年から2019年に行った調査によると、働くうえで「働く喜び」が必要だと感じている人が8割を超えている一方で、「働く喜び」を感じている人は4割程度にとどまっている。求めてはいるが、なかなか手に入らないというのが仕事におけるやりがいや充実感の実態なのだろう。
■凄腕営業マンに突如訪れたスランプ
では、どうすれば仕事をやりがいのあるものにできるのか。医療、介護、看護を含めたトータルヘルスケア事業を展開するニューロンネットワーク株式会社代表取締役の石田行司さんが、自身の半生を振り返りつつ、仕事における「やりがい」や「喜び」について考察する『最高に「生きがい」のある仕事』(石田行司著、幻冬舎刊)は、それを考える上で役立つ一冊だ。
石田さんが医療業界に入り、製薬会社のMRとしてキャリアをスタートさせたのは、仕事を通じて「人の役に立ちたい」という気持ちが強かったからだ。
MRとは医療機関向けに自社の製品を案内し、治療につかってもらうよう働きかける仕事。わかりやすく言えば、医薬品などの営業職である。
この仕事で大事なのは、普段から顧客となる総合病院やクリニックを訪問して、医師とコミュニケーションをとっておくこと。だから、石田さんは誰よりもまめに客先を訪問し、医師に顔を覚えてもらうことにした。「営業は自分を売れ」という営業職の鉄則を実践したのだ。
すると、効果はてきめんだった。1年目の成績は新人の中でトップ。仕事を覚えた2年目はさらに成績を伸ばすことができた。しかし、転機は3年目に訪れた。営業成績がまったく伸びなくなってしまったのだ。
初めておとずれたスランプに、どう対処していいかわからなかったという石田さんだったが、苦心の末に、ライバル会社で「伝説のMR」と呼ばれていた優秀なMRにアドバイスを仰ぐことにした。
その人物は、競合企業の若手からの申し出を断ることなく「僕は当たり前のことを当たり前にやっているだけなんだよ」とアドバイスしたというが、石田さんには抽象的すぎてよくわからなかったそう。それもあってその人物の一挙手一投足をよく観察することにした石田さんには、「当たり前のことを当たり前にやる」の意味が徐々につかめてきた。
その人物は、客先が「こういう対応をしてくれたらありがたい」ということを、とことん追求し、実行していたという。医師から「あったら助かる」と言われた資料はその場で手配し、医療機関が忙しい時間帯ではなく、朝一番や夜の遅い時間、昼休みに訪問して、その分ゆっくりとコミュニケーションをとる。医師一人ひとりの家族構成や好みをインプットして、有益な話題を提供するなどである。
自社の製品を売るだけなら、ここまでする必要はないのかもしれない。しかし、その人物はそこまでを「当たり前」にやることで、相手を喜ばせ、感謝され、それが結果として営業成績に結びついていた。「人の役に立ちたい」という初心から離れ、いつしか自分の営業成績のために仕事をするようになっていた石田さんにとって、この気づきはその後の仕事人生に大きな影響を及ぼすターニングポイントになったようだ。
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もし、石田さんがそのまま自分の営業成績だけを追うMRとして働いていたら、仕事に本当の意味でやりがいや喜びを感じることはなかったかもしれない。この体験を経て「顧客のため」「患者の利益」という視点を獲得した、石田さんは、その後のキャリアを通じて「生きがいとしての仕事」「仕事の喜び」を突き詰めていくことになる。
仕事のやりがいも喜びも、その人それぞれであり、一言で言い表せるものではない。ただ、顧客や消費者、あるいは自社の従業員のことを考え抜いて、行動にうつし、それが結果となって返ってきた時に、一番の喜びを得ることができるのは、どんな仕事でも同じなのかもしれない。
人生の長いパートナーになる「仕事」について、深く考えさせてくれる一冊である。
(新刊JP編集部)