交錯する運命と冒険『天風』に込めた作者の思いとは
『宝島』(スティーヴンソン)、『海底二万マイル』(ヴェルヌ)など、冒険小説は何歳になっても、私たちの心をつかむ。もしかしたら、私たちには「知らない場所を、自分の知力と体力を頼りに旅してみたい」という本能的な欲求があるのかもしれない。
『天風』(小山結夏著、幻冬舎刊)もまた、私たちの奥深くに刻まれた旅心を刺激してくれる小説だ。「神子」にまつわる伝説と、その伝説に魅せられた人たちが織りなす人間ドラマと、どこにいるかもわからない人を探す旅。それは、インターネットやSNSが普及した現代に生きる私たちにはもうできないものなのかもしれない。
今回は著者の小山結夏さんにインタビュー。この物語に込めた思いについてお話をうかがった。その後編をお届けする。
■様々な人間の運命が交錯する物語 ラストは…
――小山さんが一番思い入れのあるキャラクターについて教えていただきたいです。
小山:一番にとなると理京です。理京は自分と近いようで、真逆に遠い理想の人間像でもある存在です。
闇を抱えながらも、和氏やアルトのような旅で出会う人たちの心を救っていく場面では、理京の人柄の良さが表れており、でもその一方で、決してその場の空気で甘い事を言わない厳しさも兼ね備えています。
架空の人物ですが、こんな人が傍に居てくれたら、間違えずに歩いて行けそうな気さえしてくるキャラだと思います。
この物語は風丸と琴芽だけが主人公のように思われがちですが、実は理京を軸に描かれています。その部分にも意識して頂けると、物語に一層深みが増すと思います。
理京の人の良さが表れているもう1つに、全てを失う原因となった神子(風丸)に対して、恨んでもいい存在だったはず。だが理京は逆に風丸に救いを求め、希望を抱いていった。そして守ろうとしたのです。また、純粋な風丸も、そんな理京の心情とは裏腹に、理京を頼りにしている。そういった深くせつない部分も感じ取って頂けると、著者としては本望です。
――自分の過失で神子が封印された壺を失ってしまった理京が最後の最後で救われたのが個人的に印象的でした。小山さんとしては、執筆しながらこの作品のラストシーンをどのようなものにしようと考えていましたか?
小山:実はラストシーンは早い段階で思い浮かんでいました。そこから物語を拡げていったと言っても過言ではないくらいに。自分の過ちにより全てを失ったと信じ込んだ理京は、そこから天罰に捉われ、自分を責め続けて生きてしまいます。
しかし、感情すら失っていた理京は、風丸に出会い、そこに最後の望みをかける事になります。せめて、自分の行った行為が救われるよう、風丸は災いをもたらす生き物ではないと信じたかったのです。そして、期待どおり、風丸が優しい者だと知った理京は、風丸を愛しむようになります。風丸が守ろうとした琴芽も一緒に。だが天は、その二人をも理京から奪おうとした。なぜ自分ではなく、大切なものばかりが奪われるのか。理京は遂に天に怒りを覚えます。そして・・・。
ラスト、今までの出来事を振り返った理京は、そこで伝説がでたらめであった事と、自分が信じてとらわれていた物は、全て思い込みだったのではないかと悟ります。そして、ようやく天罰から解放されていくのです。
理京は幸せになれたのだろうか?そして、玉がもたらした物は、幸福か災いか?そこに答えはなく、人生観というものは、個人の捉え方によって変わってしまうものだ、という考えさせられるテーマを残して物語は終わります。
――神子としての宿命を背負っていた風丸も、ラストで救われることになります。彼の宿命といえば「玉」ですが、この作品における「玉」、あるいは「玉に宿命づけられた風丸・龍子という存在」は、私たちが生きる世界の何かを象徴的に書いたものでもあるのでしょうか?
小山:人生で大切な物はと聞かれると、お金と命と答えるかもしれない。本編では命の尊さの方が主に描かれている。
風丸は体の中に命の玉がある事により、自身は生きる為に生まれて来たんじゃないと、自分を責めてしまいます。しかし、理京や仲間との出会いによって、生きていいのだと気づかされ、そして宿命の中で精一杯生きるのです。
生まれつき死ぬ宿命にある人などいない。でも何の為に生まれてきたのか、何の為に生きているのかと、自分を責めて塞いでしまう人は少なくないと思う。そんな悩みを抱えている人に、前に進む勇気を与えられたらと思う。
龍子の存在もまた1つのテーマを残している。「龍子が都を支配していなければ、玉を廻って争いが起きていたのではないか」。果たして龍子は悪者だったのか。龍子は自由で謎めいているキャラなので、その真意は分からないが、考えさせられるテーマとなる。
そして、「天は何の為に神子に玉を持たせ地上に降ろしたのか」「玉がもたらしたのは、幸福か災いか」実はこの物語は平和をうたっただけのものではない。
例えば玉が「天災」を表しているのだとすれば、戦いの最後はハッピーエンドで終わっていると言えるだろうか。光が降り注がれた時に斎が放った「決して美しくない」という言葉には、人々をもてあそぶ天への怒りが込められている。
――好きな作家や影響を受けた作家がいましたら教えていただきたいです。
小山:特に影響を受けたのは、子供の頃に見た、宮崎駿さんの作品だと思います。
「ナウシカ」のファンタジーの中に社会問題をリアルに取り入れる発想は素晴らしいものがあり、「トトロ」は宮崎さんの作品の中では日常に近いですが、ただ散歩しているだけでも、ふとした時に夢の世界へ連れて行ってくれそうなワクワク感が好きです。
「魔女の宅急便」では、ヨーロッパに行けなくても、まるでその街の中で生活しているかのような臨場感が味わえ、主人公のキキの成長を描いていますが、当時、同じような悩みを抱えていた私にとって、勇気を与えてくれた作品でした。
「ホームズ」のような、ユーモア溢れる作品も好きでした。そして「コナン」や「ラピュタ」のあの壮大な世界観は、大人になった今でも、いつまでも私の心に残っています。当時、物語が人の心を大きく動かすのだと衝撃を受けました。
自分も、人の心に残るものを作りたい、そんな夢を抱いてマンガ家を目指すようになりました。「天風」も、その時期に作られた物語です。いつかマンガ家になって公表したいと思っていました。でも夢を途中で諦める事となり、ストーリーを描いたノートだけが残ってしまったのですが、登場人物に愛着もあり、捨てられませんでした。それからアニメやマンガから遠ざかる日々でしたので、大人になってからは、ピクサー映画以外はどちらかというと現実的な作品を見たり、小説を読んだりする方が多くなりました。
――もし、次回作の構想などありましたらお聞きしたいです。
小山:特にジャンルにはこだわっていませんので、書きたいと思った物を描こうと思っています。ファンタジーに限らず、現実的な物にも興味があります。現代社会をテーマにしたものにも挑戦してみたいですね。
実は今1つほとんど出来ている作品があるのですが、改善しないといけない点がいくつかあり、まだまだ編集段階です。「天風」とは全く違うジャンルで、初恋と友情を描いたものなのですが。
――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
小山:この作品は、私がまだ若かりし頃に作りました。遠い記憶になりますが、その時の自分がどんな状況で、何を思っていたのか、今でも鮮明に覚えています。
当時、なかなか前に進めず塞いでいた自分の背中を押すように物語は浮かんできました。とにかく消えて欲しくなくて、ひたすら思い描くままにノートに書き綴ったのです。そして、その物語を公表する事が私の夢となりました。
だいぶ時が経ってしまいましたが、ようやく形として実現する事が出来ました。私が長い間温めていた物語を一人でも多くの方々と共有したい。そう願うばかりです。何かに生き辛さを感じて生きている、若い世代の方から大人の方まで幅広い年齢の方に手に取って頂きたいです。
そして読んでくださった方の心に残り、生きる活力になればこの上ない喜びです。是非、感想聞かせて下さい。
(新刊JP編集部)