だれかに話したくなる本の話

人間とアリが話す未来は遠くない…!? 「アリ先生」が語るアリ研究の最前線

人間とアリが話して交渉する未来がやってくるかもしれない――。
「アリ先生」村上貴弘さんの話を聞くとそんなことを思わせてくれる。

アリの社会は私たち人間が想像する以上に多様で奥深い。そしてなんと音でコミュニケーションを取っていたりもするというから驚きだ。

アリの音を分析し過ぎて「アリ語で寝言を言ってしまった」という、九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授の村上先生に、上梓したばかりの『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社刊)についてお話をうかがった。
「アリ先生」が語る、驚くべきアリの生態とは…?

(取材・文:金井元貴)

■日本では意外と盛んなアリの研究

――『アリ語で寝言を言いました』、とても面白い一冊です。アリ研究、そしてアリ社会の奥深さを実感しました。まず、村上先生がアリ研究の道に入られたきっかけから教えてください。

村上:根っこの部分で言うと、『ファーブル昆虫記』ですね。小さな頃の愛読書で、虫ってすごいんだなと。その時から生き物の観察をよくやっていて、蜂の巣作りを見たり、アリの巣を調べたりしていて、生き物と関わる方向に進むしかないと思っていました。

その後、大学4年生の時に研究対象を選ぶことになって、最初は鳥とか、鹿みたいないわゆるカッコいい動物にしようと考えていたんですけど、指導教授から「難しいからアリにしなさい」と薦められまして。

最初は、アリって地味だよなあと思っていたのですが、鳥や猿といった動物以上に知られていないことがあるんですよね。これは奥深いということで、ブルーオーシャンに乗り出してみようと(笑)。

――日本には、村上先生の他にもアリの研究者がいらっしゃるんですか?

村上:実はアリ研究は日本では盛んで、大学研究機関含めると(研究者は)50人くらいいます。これは他国と比べてもだいぶ多いですね。

他の国は農業害虫としてアリが指定されていて、駆除の目的で研究されていますが、日本はそうではなく、何の役に立つのか分からないけれど(笑)アリを研究している人が多いです。

――日本人にとって、アリの存在は比較的親しみがありますよね。国民性を働きアリの勤勉さと重ねたりして。

村上:そうですよね。アリが苦手な人もいるかもしれないけれど、総じて親しみを持たれているように思います。他国では、アリの研究者は尊敬されるんですけど、アリ自体はあまり良いイメージを持たれていないんですよ。働き詰めのイメージがあるせいか、リスペクトされにくい虫ですね。

■なんとアリは「しゃべって」いた!

――村上先生は主にハキリアリとヒアリの研究をされていらっしゃるんですね。

村上:主にその2種類ですね。ハキリアリとヒアリ。他にも(研究しているアリは)ありますが。

――やはりこの本を読んで驚いたのが、ハキリアリは音でコミュニケーションを取っているのではないかという話、いわば「しゃべっている」ということです。これは本当なんですか?

村上:そうなんです。もともと、アリが何かの反応に対して音を出すということは知っていたんですけど、単純に警戒している時に出す音とかそのくらいかなと思っていたら、2009年にエポックメイキング的な論文が『サイエンス』に掲載されて、もう少し複雑なコミュニケーションを音で取っていることが分かったんです。

そこからしばらくはアリの音声解析を行うデバイスの開発を開発しまして、いよいよハキリアリの音を録音してみたら、とんでもないことになっていたというわけです(笑)。

――ハキリアリの発する音を聞かせてもらいましたが、かなりのスピードで「ドルドルドル」と鳴いたり、「キュッキュッキュッ」と鳴いたり、バリエーションがありますね。

村上:はい。実は、聴いていただいた「ドルドルドル」「キュッキュッキュッ」、実はどちらも葉っぱを切る時の音なんです。

――同じ葉っぱを切る音でもこれだけ違いがあるんですか!?

村上:そうなんです。「ドルドルドル」は好きな葉っぱを切っているときの音で、好きじゃない葉っぱや無心に切っていないときは「キュッキュッキュッ」です。

――やる気の違いが感じられます。

村上:(笑)同じ行動をしているのに、これだけ全く違う音を発している。つまり、葉っぱのクオリティを査定してコミュニケーションを取っているわけですね。

他にも女王アリが「ガガガガガ」という音を出すのですが、これは働きアリを足止めさせます。外敵に襲われたときに女王アリが逃げるための音ですね。女王アリは重要な産卵個体で、唯一次世代を産める存在なので、生き延びなければいけない。だからこういう音を出しているのだと思います。

このようにいろいろな刺激に対する音を集めていくと、我々の言葉に近いようなコミュニケーションを取っているのかもしれないということが分かってきます。

■アリと「交渉」をする未来がやってくる?

――アリは私たちと同じように日常会話を交わしている可能性はあるんですか?

村上:この本にも書きましたが、3個体を巣に入れたときの鳴き交わしの音を調べました。そこで、15分で7000回もしゃべっているアリがいて、分析に1ヶ月にかかったのですが(笑)、それを聴いていると、内容は全然分からないけれど、おしゃべりをしているようには感じますね。

もちろん、解析のクオリティを上げないと、話しているという断定はできませんが、こんなに音を発しているのに何もコミュニケーションを取っていないはずがないと思います。

――全てのハキリアリがこういう風に鳴き交わしをしているのですか?

村上:ハキリアリの社会は進化段階によって様々で、シンプルなものから複雑で大きいものまであります。今あげたような15分で7000回鳴くようなアリがいる巣は複雑で大きくて、一方の巣が小さくて社会構造がシンプルなアリはほとんど鳴き交わしをしません。

つまり、社会の進化に合わせて、情報の共有度合いも複雑になるのだと思います。社会が複雑になると状況も多様になるので、情報伝達が匂いだけでは追いつかなくなる。アリ同士のおしゃべりの頻度が上がれば社会進化が進むのか、社会進化が進むことでおしゃべりが発生するかは分からないですけど、それは必要十分条件になるのかなと思います。

――ハキリアリ以外も音で情報を伝達しあったりするのでしょうか?

村上:しますが、こんなに頻繁に鳴き交わしをして、コミュニケーションを取っているのはなかなかないですね。

――本書で、将来的なアリと会話できる通訳機「アリリンガル」の可能性に触れられていましたが、わくわくしますね。

村上:アリが何をしゃべっているのか単純に興味がありますし、それが分かることによって、アリと交渉する日がやってくるかもしれない。私たちは隣の家の庭の草を刈ってもらう代わりに、アリが欲しているものを提供する。そこに交渉の余地があれば、人間とアリと共存共栄の可能性があるのではないかと思います。

化学物質だとアリを制御するしかできませんが、会話だと様々な余地が生まれますからね。

後編に続く

アリ語で寝言を言いました

アリ語で寝言を言いました

熱帯の森を這いずり回り、60回以上ヒアリに刺されまくった「アリ先生」による驚愕のアリの世界

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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