だれかに話したくなる本の話

「人はどこからでも生き直せる」一人の青年の転落と再生に込めた作家の思いとは

もし過ちを犯してしまったとしても、どんなに人生に挫折してしまったとしても、人はやり直すことができる。

そんな強いメッセージが込められた小説が『泥の中で咲け』(松谷美善著、幻冬舎刊)だ。
本作は家族からも見放され、孤独になってしまった一人の青年の半生を追いかけていく、転落と再生の物語である。

今回は作者の松谷美善さんに、ネグレクトや孤立といった現代的なテーマを内包している本作を通して何を描こうとしたのか、お話をうかがった。その後編をお伝えする。

(新刊JP編集部)

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■一番大切なテーマは「人はどこからでも生き直せる」

――誰もが坂本曜のようになる可能性がある、と。

松谷:そうです。人生にくじけてしまう時ってあるじゃないですか。私の身近にも、立派な大学を出ていながら社会でくじけてしまった人はたくさんいます。誰もが順風満帆に生きることはできません。

でも、自分が弱者になってしまったとき、人生にくじけてしまったときに、どのように立ち直っていくかということが大事だと思うんです。それが、この小説に込めた「人はどこからでも生き直せる」という一番大切なテーマなんです。

――「人はどこからでも生き直せる」というテーマですか。

松谷:そうです。でも、生き直すには、一人の力では難しいものがあります。そこは誰かにきっかけを作ってもらうことが必要で、曜の場合は、自分が犯罪をおかして、その裁判が結審するときに来てくれた父親であり、叔父なんですよね。彼らが曜をしっかり受け止めてくれたからこそ、生き直すことができた。

――あとがきに「間違いを犯した人を責めるのではなく許し、話し合える社会になればよいですね」とつづられていましたが、まさにそのシーンを体現している言葉だなと。

松谷:確かにこの社会にはいろんな人がいて、相容れないこともあります。でも、もう少し寛容な社会になれば、立ち直れる人も増えるように思うんです。

――ただ、逆に言えば、自分を突き放してくる人ですとか、理解してくれない人ばかりが周囲にいると、以前の曜のように悪い道へと足を向けてしまう可能性もあるわけですよね。

松谷:曜の場合は、あまりにも幼くて無知だったということもありますが、基本的にはどういう人に出会うか、そしてどう接するかで、大きく変わってくると思いますね。

――もう一つうかがいたいのですが、作中で曜がウイルス性の感染症にかかります。これはコロナウイルスのことですよね?

松谷:そうですね。まさに現在の状況を投影しています。

――彼は重症化してしまい、死の淵をさまよいます。このエピソードを通して伝えたことはなんだったのですか?

松谷:誰でもこうなってしまう可能性があるということです。もちろん感染を防ぐ努力はすべきだと思うのですが、やはりマスクをしていても感染するときは感染します。また、ワクチン接種をしていてもブレイクスルー感染の可能性があるといいます。今(11月中旬)は感染者が落ち着いていますが、それでもゼロになってはいません。

そういう状況の中で、自分は健康だから大丈夫だと思っていても、いつ曜のようになるかは分からないんだよということを伝えたいと思っていました。

私自身、慢性の疾患で大きな病院にかかっていて、大きな手術も2、3度経験しています。周囲からは「どうすればそんな大きな病気にかかるの?」と聞かれるくらいなんですが、それは自分が健康だと思っているからそう聞いてくるのだと思うんですよね。でも、ちゃんと体をくまなく検査をすれば、大きな病気が見つかるかもしれません。それは誰にも起こりうることだと思うんです。

――そういった危機感のなさを指摘したかったということですか?

松谷:指摘したかったですし、それに医療関係者の方が一生懸命働いてくださっていることに、感謝の気持ちを込めたかったというのもありました。

――最後に本作をどんな人に読んでほしいとお考えでしょうか?

松谷:老若男女、皆さんに読んでほしいのですが、これまで書いてきた2作は介護と終活がテーマだったので、若い方に興味持ってもらえなかったんです。だから、今作は若い方にも読んでほしいですね。

今作のテーマは「人はどこからでも生き直せる」というものです。そのことを、ぜひ曜の人生の中から掬い取って感じてほしいなと思います。

(了)

泥の中で咲け

泥の中で咲け

人々のつながりと家族の再生を描いた連作短篇集。

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