だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1499回 「脳を創る読書」

電子書籍化が進む今、「紙の本」がよいのか「電子書籍」がよいのか。本書は、言語脳科学を専門とする著者が、「読書」という行為を通して、学ぶ、考える、成長するといったことについて、脳科学の視点から語られた本です。その範疇は、脳科学から、発達言語学、そして教育論にまで及び、非常に読み応えのある内容となっています。

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読書とはどういう行為なのか

著者プロフィール 東京大学理学部物理学科卒業。同大大学院理学系研究科博士課程修了(理学博士)後、同大学医学部第一生理学教室助手、ハーバード大学医学部リサーチフェロー、マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、1997年より東京大学大学院総合文化研究科助教授、准教授。 2002年第56回毎日出版文化賞、2005年第19回塚原仲晃記念賞受賞。 専門は、言語脳科学および脳機能イメージング。

本書は、言語脳科学を専門とする著者が、「読書」という行為を通して、学ぶ、考える、成長するといったことについて、脳科学の視点から語られた本です。その範疇は、脳科学から、発達言語学、そして教育論にまで及び、非常に読み応えのある内容となっています。 サブタイトルに、「なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか」とは付いていますが、本書は、単純なデジタルとアナログ――電子書籍と紙の本――を比較して、どっちが優れてるとか、紙の本は読書体験がどうとか、そんなことばかりに始終した本ではありません。

人が本を手に取り、「読書」という行為を通して想像力をはたらかせ、行間を読み、ものを考え、そして成長する。 ……こういった一連の動作において、「電子書籍」は、「紙の本」は、私たちがものを考える上でどのように作用し、どういった影響を与えるのか、脳科学の観点から検討しながら結論づけています。

電子教科書が教育に与える影響

また本書では、「電子教科書が教育に与える影響」についても語られています。この議論は、教育の業界内でもまだ始まったばかりです。「学びの苗床」とでもいいましょうか、学校という教育機関にも電子書籍の波は影響を与え始めているのです。

酒井さんの言葉を一文、引用しましょう。 本を読むことも教育が与える影響も、つき詰めればすべては脳や言語にかかわる問題であり、「自分で考えられる」人材を育てることこそが大学教育の目標であるからだ。

読書は想像力を鍛えたり、ものを考えたりすることのきっかけになるので、学びや成長に繋がる根本的な行為だ、という話をさっきしましたが、酒井さんは、教育機関に電子書籍(電子教科書)が入ってくることに、ある種の危惧を抱いているといいます。そして、「本書が良識ある慎重な議論の呼び水になることを願ってやまない」と思いを語っています。 酒井さんが、「残念ながら…」と一筆記しているのが、“言語脳科学はまだ若い境界領域だから、学問的に明らかにできることが限られている”ということで、そこで不足なところは、「紙の本の一愛好家」としての意見や思想で補ったとしています。

電子教科書に「脳を創る」学問を問う

「電子教科書」すなわち、学校などの教育機関で用いる教科書が、「電子書籍」の媒体である、ということですね。ものごとはどんなときでも両面から考えなければならない、まずはデジタルのメリットはどんなところか見ていきましょう。

酒井さんは、3つメリットがあるとあげています。

第一に、辞書機能やインターネットなどとリンクさせることにより、生徒が膨大な情報にアクセスできること。教師が事前に膨大な資料を用意しておかなくとも、生徒各自でデータベースにアクセスして情報を引き出せるようになりました。

第二に、教科書と連動させた双方向の学習支援プログラムが作れること。これは各自の理解度や必要性に合わせて、コンピュータが自動的に適切な問題を選び出すものです。すると、一人ひとりの学習の進み具合や、実力に合わせた自習が可能になるわけですね。

第三に、子どものうちから電子教科書を使うことで、電子化が進む高度情報社会への適応性を早い段階から高められることとしています。

さてこんなメリットがある一方で、 酒井さんは「電子書籍に脳を創る学問を問う」のです。

まず、第一のメリットであった、「膨大な情報にアクセスできる」ということに対して。

・・・これはハッとさせられる方、多いかも。 何か分からないことや思い出せないことがあったそんなとき、記憶を辿ったり、自分で考えたりするまえに、「ぐぐって(インターネットで検索して)」しまいませんか?

そう、膨大な情報にアクセスできる状態にあると、考える前に調べてしまい、調べただけでわかったような気になってしまうのです。「どうせすぐ調べられる」のであれば覚える必要性も薄くなりますから、もしかして意識化で、「もう知識を覚える必要ないな」と、そんな反応が起きている気がしません?これって怖いことですよね。

電子教科書と学習

そして、第二のメリット「学習支援プログラム」ですが、酒井さんは、「どんなにドリルを解いても、わかったことにはならない」と言ってるんですね。これはどういうことでしょうか。 これはコンピュータを使わなくても同じことが言えますが、計算ドリルをたくさんやることによって計算が速く、正確になっても、「数字がわかるようになるわけではない」ということを言ってるんです。 たとえばその計算に用いた公式の証明、公式のもつ意味合い、そしてその式に関連した定理を新たに導くことこそが「数字がわかる」とうこ意味である、と。

つまり、こういうことなんじゃないでしょうか。 「学習支援プログラム」は、できないものができるようになる、苦手を克服するのには役立つでしょう。でも、公式が使えるようになっても、「これなんで?」「どうなってるの?」みたいな知的好奇心の広がりって、希薄になるような気がするんです。 だって、ゲーム的にプログラムを解いていくのが目的になっちゃいそうですからね。

学習は、「なんで?」と、「わかる」の繰り返し。そこには、先達や級友とのコミュニケーションや、非論理的なひらめきが、脳の成長に一役買っているように思います。

さて酒井さんは、さらに懸念されることとして、 情報の価値が低下して情報を得ることの貴重さが失われることをあげています。インターネットで検索すれば、先生の話よりわかりやすい説明をさがすことができるかもしれない。すると、そもそも先生が情報を発信する必要性もなくなってしまう。先生のありがたみも薄れてしまうというものですね。 生徒が、「ここわからないぞ」と思っても、先生にフィードバックしないでインターネットで調べるようになると、相互のコミュニケーション量が減って、教育の質の低下にもつながりかねない。

電子教科書が、そういうことのきっかけになって、授業が成り立たなくなってしまったら、それはとても危険なことだと、危惧しているのですね。

脳を創る読書

伊藤みどり 天才と呼ばれた故の葛藤(ひとつ前の新刊ラジオを聴く)

脳を創る読書

脳を創る読書

電子書籍化が進む今、「紙の本」がよいのか「電子書籍」がよいのか。本書は、言語脳科学を専門とする著者が、「読書」という行為を通して、学ぶ、考える、成長するといったことについて、脳科学の視点から語られた本です。その範疇は、脳科学から、発達言語学、そして教育論にまで及び、非常に読み応えのある内容となっています。