新刊ラジオ第1636回 「七帝柔道記」
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で、大宅賞&新潮ドキュメント賞をダブル受賞した作品の原点がここに。
二浪の末、寝技中心の七帝柔道をするために北海道大学に入学した増田。他の学生が恋に趣味にと青春を満喫するなか、増田はひたすら厳しい地獄のような練習に明け暮れていく。悩み、苦しみ、泣き、悲しみ、そして笑う。「待った」も「参った」もない、相手が「落ちる」まで戦う七帝柔道。かけがえのない時間を畳の上で仲間と過ごした青春。
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概要
こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。
今回紹介する「七帝柔道記」は、著者自身の体験をもとに描かれた自伝的青春小説です。
“七帝柔道” とは、北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の旧帝大の柔道部で行われている、寝技が中心の柔道のことをいいます。
現在のオリンピックや、全日本選手権で行われている講道館柔道とは全くルールが異なる、特殊な柔道で体力的に劣る学生たちがエリート柔道家に勝つために編み出されたものなのです。
主人公は、愛知県立旭丘高校で柔道部に所属していた増田俊也。
増田は、柔道中心の高校生活を送っていました。
高校2年生の春休みに名古屋大学柔道部が、近隣の進学校を集めて行った大会の終了後に、増田は名大生との乱取りを体験します。
・・・乱取りとは試合形式の実践的練習のことで、試合と同じルールで全力で戦うことをいうのですが、その時、増田は相手を投げようとしたしたところをいきなり寝技に引きずり込まれて、滅茶苦茶にされてしまいます。
それが寝技中心の七帝柔道でした。
あまりの衝撃とともに、“七帝柔道”というものに強烈に惹かれて、自分も“七帝柔道”をやってみたい、と強く思い、2浪の末、北海道大学柔道部に入学します。
しかし、憧れて入部した柔道部は、かつての強豪校の北大とは程遠く、選手の体型も小さく、部員も少なく、入った新入部員も練習のきつさに辞めていってしまう、七帝戦では連続最下位と、弱小チームになっていました。
増田は、高校の同級生で同じ柔道部に所属していた、鷹山に北大の柔道部の話を色々と聞かされていました。
鷹山は一浪の末、北大に入学し、柔道部に入部したものの、あまりの練習の厳しさに、増田の入学を待たずに退部していました。
鷹山によれば、一日中、先輩に締め技や間接技を取られ、「待て」や「参った」などといったものは通用しないのだというのです。
そして「落ちる」までその技をかけられ続けるのだと。
・・・「落ちる」とは、柔道の専門用語のことで締め技で意識を失うことをいいます。
脳に血液がいかなくなって意識を失うのだそうです。
それでは、どのような過酷な練習が繰り広げられていたのか、一部をドラマにしましたので、どうぞお聴きください。
◆著者プロフィール 増田 俊也(ますだ・としなり)さんは、 1965年愛知県生まれの小説家。 北海道大学中退。北大柔道部で高専柔道の流れをくむ寝技中心の七帝柔道を経験されました。 4年生の最後の試合を終えて部を引退。大学を中退し、新聞記者となります。 その後は、多彩なジャンルの小説を精力的に発表されています。
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