だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1539回 「櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。」

村上龍のエッセイ最新刊! 日本を襲った未曾有の悲劇、東日本大震災。いったいいまこの国では何が起こっているのか。そしてこれから何が行われていくのか、どうなってしまうのか。希望や欲望はいったいどこへいってしまったのか。衰退していくのをただ見ることしかできないのだろうか。村上龍からの痛烈なメッセージの数々が綴られています。

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概要

こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

今回紹介するのは、村上龍さんのエッセイ最新刊です。

村上龍さんのエッセイは、1年に1度くらいの頻度で単行本が出ていますが、 新刊ラジオでも何冊か紹介してきましたね。

今回のテーマは“今この国ではいったい何が起こっているのか”という、国民の 感情にスポットを当てたものです。少し重めのテーマにおいても村上節は健在で “よくそのテーマからそんな深い話までもっていくなぁ”という筆力の高さを 感じました。

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◆今日の一冊 『櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。』 (村上 龍/著 KKベストセラーズ/刊)

◆この本をひと言でまとめると 「村上節炸裂の痛烈エッセイ集」

◆著者について 著者の村上龍さんは、1952年生まれ。長崎県佐世保市出身。武蔵野美術大学在学中 の1976年、麻薬とセックスに溺れる自堕落な若者たちを描いた 「限りなく透明に近いブルー」で、群像新人文学賞、芥川龍之介賞を受賞。 その後は、小説、エッセイ、対談、映画製作、テレビ番組出演など幅広い分野に 渡り活動されています。

絆という言葉の氾濫に違和感

今回紹介する本は、そんな村上龍さんの最新作エッセイ集です。本の帯には、 『失われた希望と欲望の時代に村上龍が発する痛烈なメッセージ。 「同情ではない。怒りだ!」』とありますが、まさにその通り。村上さんの思い のすべてが籠ったエッセイ集となっています。

犯罪、戦争、テロ、政治不信、原発、これから育っていく子どもたちへの不安、 若者たちの雇用問題、未婚率の高さ、少子化、経済的格差、そして自分自身のこと など。いまの日本が抱えている問題や、村上さん自身が関心のあること、常日頃 から思っていることなどを鋭く語っています。

それでは、題名にもなっている「櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。」の章から 一部分を紹介します。

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『東日本大震災のあと「絆」という言葉が氾濫し、今もその傾向は続いている。 絆の語源は、犬や馬を繋ぎ止める「手綱」らしい。離れないようにつなぎ止めて おくということから、分かちがたい家族や友人の結びつきを意味するようになった。 3.11とそのあとの原発事故は、わたしたちに精神的なダメージを与えた。誰もが、 被災地以外の人たちも、原罪意識のようなものを抱くようになった。 あまりに被害が大きかったので、日本人全体が何か悪いことをしてきて罰を与え られたかのように感じたのだ。その原罪意識は、人間だったらごく自然に抱くもの で、決して間違っていない。 多くのボランティアが被災地で活動したが、「何か支援したい」という思いには、 その原罪意識も関係していたのだと思う。そして、被災地、被災者のことを忘れ ないようにしよう、彼らのために何かできることがあるはずだという思いが、 「絆」という言葉に集約されたのだろう。 だが、わたしは「絆」という言葉の流通と氾濫に違和感を覚える。それは……』 (P175-176より抜粋)

若者は時代の犠牲者か?

このほかにも、18のエッセイが綴られています。

幾つか紹介すると……。

東日本大震災のあとの現実、現状、そしてこれからへのおもい。 電子書籍を制作・販売する会社を作った村上さんの本心。 北朝鮮と韓国との本当の関係性。そしてその北朝鮮に対する中国側の本音、 北朝鮮の実質的な戦争遂行能力について。 なぜ、政治家になりたがる人が後を絶たないのか。 他人に期待をしない村上さん。

……などなど、どの章を読んでも村上ワールドに引き込まれていってしまいます。 痛烈なまでの言葉の数々やメッセージが、心に残ってしまい、いろいろなことを 考えずにはいられなくなります。

では、もうひとつ本文より引用湯しましょう。『若者は時代の犠牲者』という章の一部分です。

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『30代がターゲットの某男性誌で人生相談をはじめた。 女性誌でやったことはあるが、男性誌での人生相談ははじめてかもしれない。 たまに女性からも相談もある。だが当然、30代を中心とした男からの相談がメイン なのだが、「お金がないけどどうしたらいいでしょう」という質問が大半を占めて いて、いかに若年労働者が低賃金で働いているかを再認識させられた。そもそも、 「給料が低くこれでは結婚もできないのですが、どうすればいいのでしょうか」 というのは、人生相談なのだろうか。 若年労働者の低賃金は多くの先進国に共通した問題で、日本だけの現象ではない。 厚労省のデータによると、若年労働者の30%が非正規社員らしい。 ちなみに、データでは15歳から34歳までを若年としている。そのうち半数は 月額賃金が20万以下となっていて、30万円以上は10%に充たない。以前、どこかの NPOか、あるは行政の職員かは忘れたが、最低賃金で1ヶ月暮らしてみるという ドキュメンタリーを見た。ワーキングプアに関する番組だった。 最低賃金は地域によって差があるが、時間給で決められている。 たとえば大阪府の場合、786円だ。日給は月給や年収では決められていないので、 月額に直すときにはかなり面倒な計算が必要になる。 だが、大まかに言って、15万以下というのが実情だろう。 だから前述のドキュメンタリーでも、13万から14万円程度を想定していた。 最低賃金で生活するのは無理というのが実験結果だった。食べて寝るだけだったら ぎりぎり何とかなるのだが、病気をしたらもうアウトで、医療費を払う余裕はない。 最低賃金というのがどうやって算定されているのかはよくわからない。 だいぶ前に読んだ貧困に関する本に、貧困の定義は簡単ではないというようなこと が書いてあった……』 (P119-120より抜粋)

まとめ

日本はどうなってしまったのか、このまま衰退していってしまうだろうか。 諸外国はどうなのか、そしてこれから生きていく若い世代はどうしたらいいのか。 村上さんからのメッセージは決して他人事でなく、自分にいま差し迫っている 問題なのだということを深く感じました。

これまでの村上龍さんのエッセイと比べると、 (執筆当時)還暦を迎える直前の村上龍さんの雰囲気が特徴的です。

“自分より下の世代には興味はない”と言いつつも、今後の日本社会がどうなる のか、文章の端々で気にしていたり、“もう若くないんだなぁ”と振り返る描写が あったり。以前からのファンは“もうそんな歳なのか”と思ってしまうかもしれません。

しかしながら、本書は現代日本の問題に色々な示唆を与えてくれる一冊です。 そのあたりに着目して読み進めてみてはいかがでしょうか。

櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。