だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1516回 「不滅 元巨人軍マネージャー回顧録」

本書は、巨人軍の元一軍マネージャー・菊池幸男さんの回顧録。長嶋茂雄引退の伝説のスピーチから始まり、V9時代のエピソード、第一次長嶋監督、原監督就任、2000年日本シリーズにおける“ON決戦”など、今も多くの人の心に刻まれている数々のエピソードが臨場感たっぷりに描かれています。王貞治さんをはじめとした、元巨人軍選手への取材も収録。

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概要

 こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

日本のプロ野球、皆さんはどの球団のファンでしょうか? 僕は今、特定の球団のファンではないのですが、一時期ホークスが好きでした。 水島新司先生の漫画の影響かもしれませんね(笑)

一昔前は日本の国民的スポーツだったプロ野球、 夕食時にナイトゲームを家族で観ていた記憶があるんじゃないでしょうか?

今回はそんな野球の裏舞台、元巨人軍マネージャーさんのお話をご紹介します。

***

◆今日の一冊

『不滅 元巨人軍マネージャー回顧録』 (長谷川晶一/著 主婦の友社/刊)

◆この本をひと言でまとめると  「巨人軍の元一軍マネージャー・菊池幸男さんの回顧録」

◆著者について  長谷川晶一さんは、1970年5月13日、東京生まれ。 早稲田大学を卒業後、出版 社勤務を経て現在フリーのノンフィクションライター。主な著書に、巨人軍OB たちのインタビュー集『巨人の魂』(東京ニュース通信社)、3年間で消えた幻 の球団を描いた『最弱球団高橋ユニオンズ青春期』(白夜書房)、野球のバッド 材であるアオダモを追った『イチローのバットがなくなる日』(主婦の友社)な ど。野球関連のノンフィクションを得意とする方です。

◆おすすめの読者  ◎巨人ファン&野球ファン

長嶋 茂雄引退の伝説のスピーチより

 本書『不滅』は、巨人軍の元一軍マネージャー菊池幸男さんの回顧録のような 形で、当時を振り返って書き上げられています。

 みなさんは菊池幸男さんをご存知でしょうか? 菊池さんは、野球用品一筋の スポーツメーカー玉澤(たまざわ)を経て、1982年に読売巨人軍に入社、その後、 一軍マネージャーとして、2008年まで在籍していた方です。

 本書のエピソードは、菊池幸男さんが当時とっていた膨大なメモを元にして作 られています。1974年長嶋茂雄引退の伝説のスピーチから始まり、玉澤での出来 事、巨人軍と関わってきた日々の中で見聞きしたこと、体験、回想などが、ドキ ュメンタリータッチで、臨場感たっぷりに描かれています。

 ◎野球ファンの方に刺さりそうなエピソードを上げると……。

 ・V9時代のエピソード  ・第一次長嶋監督、原監督就任、  ・2000年日本シリーズにおける、ON決戦

 などなど、今も多くの人の心に刻まれている数々のエピソードや、菊池氏が後 方から支え続けた偉人たち、王貞治氏をはじめとした元巨人軍選手への取材など も掲載されており、まさに野球ファン垂涎、読みどころたっぷりの内容となって います。

 それでは、さっそく内容を紹介していきましょう。まずは本書冒頭から、長嶋 茂雄引退の伝説のスピーチの一節です。

 内外野の照明塔の灯りは落とされ、秋の残照に包まれている後楽園球場――。 時刻は午後五時を過ぎていた。外野の辺りはまだ西日が差し込んでいるものの、 バックネット付近には暗く大きな影が周囲を包み込んでいる。マウンド付近では、 背番号<3>が右手にマイクを持ったままスポットライトを浴びていた。一塁側 ダッグアウト前では、川上哲治監督をはじめとするジャイアンツナインがその光 景を見つめている。

 球場に集まった五万人の大観衆が、その第一声を待っていた。稀代のスーパー スターが自身の熱烈なファンに対して、最後にどんなメッセージを発するのか、 期待と不安をその胸に宿らせていた。

 「昭和三十三年、栄光の巨人軍に入団以来、今日まで十七年間、巨人ならびに 長嶋茂雄のために絶大なるご支援をいただきまして、誠にありがとうございまし た……」

 この光景をじっと見つめている青年がいた。  後楽園球場三塁側ベンチとなりの審判室。その小窓から覗き込む男の視線の先 には、スポットライトの中で静かにスピーチを続ける長嶋茂雄の姿があった。多 くの野球ファンが泣いていた。当時、(株)玉澤というスポーツメーカーに勤め ていた青年もまた、泣いていた。神妙な面持ちでマイクを握っている長嶋の姿を 見ながら、涙に暮れていた。 (P6-7より抜粋)

 いかがでしょうか。描写にとても力があって、熱がこもっていて、読んでいて 引き込まれます…! この、玉澤に勤めていた青年というのが菊池幸男さんなの ですが、当時から、巨人担当の営業マンとして球団に出入りし、ファンとして、 そして球団を支える一員として、巨人軍とかかわってきたのです。

 長嶋茂雄引退当時、翌年からの監督就任が噂されていましたが、菊池さんは、 「もう長嶋選手と今までのように会えなくなるのではないか」と不安に思ってい たといいます。

“長嶋カラー”のチームをつくる(1)

 続いて、1975年、長嶋茂雄さんがジャイアンツの監督へと就任する頃のエピソ ードをご紹介しましょう。この頃も菊池さんは、玉澤の社員として巨人軍に出入 りしていました。そしてある日、菊池さんは長嶋さんから相談を受けることにな ります。

 「菊池クン、ちょっと相談があるのだけど……」

 監督就任発表を直前に控えていた、昭和四十九年十一月のある日、菊池幸男は 長嶋に呼ばれた。

 「来年からユニフォームを変更したい。ぜひ協力してくれないか?」

 当時三十八歳の「青年監督」は、自分が監督に就任するにあたって、従来のイ メージを払拭し、自分なりのチームカラーを作り上げたいと意気込んでいた。 十一月二十一日に開かれた監督就任記者会見で長嶋は神妙な口調で語り始める。

 「新しい仕事への意欲に身を硬くしています。逆境、苦しみを乗り越えてベス トを尽くす覚悟です。十七年間、川上監督の下にいて受けた指導、教訓は計り知 れないものがあります。前監督の功績を汚すことなく、立派な巨人の伝統を継承 するつもりです。男の職業として誇りを感じています」

 「私が目指すのは、クリーン・ベースボールです。鮮やかな胸をすくようなベ ースボールを目指します!」 (P54より抜粋)

 このようにして、長嶋さんは自分のチーム作りを宣言したのです。ですから、 川上前監督からのコーチ陣営についてのアドバイスを拒否して、自分でヨシと思 うコーチ群を整え、取材陣への接し方もガラッと変えました。

 川上監督時代には、「哲のカーテン」と呼ばれた報道管制が敷かれていたそう です。しかし、長嶋さんは「いくらマスコミに悪く書かれようとも、それも彼ら の仕事なんだ。けれども、彼らは決して敵ではないのだから、仲良くしておいた 方が色々といいじゃないか」という理由から、写真なども好きなように撮らせ、 ポケットマネーで、記者たちとの懇談会や茶話会を積極的に開いていたそうです。  こういったところからも、長嶋監督の器の大きさというか、人柄の良さが表れ ていますね。

 さて、それでは最後にすこし面白かったエピソードをご紹介します。  長嶋監督のこうした改革のなかで、「ユニフォームの変更」というものがあり ました。ここでの描写が、長嶋さんらしくとてもユニークなんです。

“長嶋カラー”のチームをつくる(2)

 菊池さんを呼びつけた長嶋さんは、このように言います。

 「胸の<GIANTS>という文字を花文字にしたいんだ。ホーム用のユニフォーム は今の白じゃなくて、ホテルのシーツのような色がいいと思うのだけど……」

 菊池さんは、長嶋さんの言うことがわかりません。

 (……花文字? ……ホテルのシーツのような色?)。

 昭和四十九年のオフの間、菊池さんは、長嶋さんと何度も何度も打ち合わせる こととなります。初めは長嶋さんの言う「花文字」や「ホテルのシーツのような 色」という表現を的確にイメージすることができませんでしたが、ミーティング を重ねるうちに、長嶋さんの求めている「新ユニフォーム」がイメージできるよ うになってきました。

 長嶋さんの頭の中にあったのは、ジャイアンツと同様に黒とオレンジを貴重と していたメジャー・リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツのイメージだった のです。そして、「花文字」というのは縁取りのある角張ったフォントのことで、 「ホテルのシーツのような色」というのはアイボリーのようなクリーム色のこと だったそうです。  こうして何度かの試作を経た後に、新ユニフォームが完成したのです。

 「よし、これで心機一転、頑張ろうじゃないか!」と、長島さん。

 実に多忙の中、すべてを自分の手で行おうという長嶋さんの姿勢に、菊池さん は、「一流のプロというのは、あらゆることにこだわりを持つ人のことなのだな」 と、感服したといいます。

 またある日、菊池さんは、長嶋さんから、

 「菊池クン、よかったら玉澤を辞めてジャイアンツに入らないか? もうそろ そろ、いい頃じゃないか? 今だったら、オレの力で一人ぐらいチームに入れる ことはむずかしくないから……」と声をかけられたそうです。

 しかし菊池さんは、嬉しさに飛び上がりそうな気持ちを抑えて、

 「長嶋さん、せっかくのお話ですが、僕には夢があるんです。今はまだその夢を あきらめたくないので、もう少しだけ待ってもらえませんか?」

 と、断ってしまった。こんなやりとりもありました。  詳しくは、本書58ページから読んでみてください。

◆まとめ  それでは、まとめにはいりますが、本書は、巨人元一軍マネージャー菊池さんの 回顧録を、野球に強い長谷川さんが、確かな表現力で、熱っぽく、臨場感たっぷり に描写しています。文章に熱中してあっという間に読めてしまうタイプの本です。

 オススメの読者層は、勿論野球ファンの方、特にジャイアンツファンの方はぜひ 買って読んでください。野球好きのスタッフ(広島・千葉ロッテ・ホークスファン 等)にも好評でしたので、他球団ファンの方にもオススメできる一冊といえるでし ょう。

 野球のコーチや球団オーナー、サッカーの監督の本なども過去に読みましたが、 球団マネージャーという職は、初めてだった気がします。

 スポーツの裏舞台、というのもまた面白いものですね!

不滅 元巨人軍マネージャー回顧録

不滅 元巨人軍マネージャー回顧録

不滅 元巨人軍マネージャー回顧録

本書は、巨人軍の元一軍マネージャー・菊池幸男さんの回顧録。長嶋茂雄引退の伝説のスピーチから始まり、V9時代のエピソード、第一次長嶋監督、原監督就任、2000年日本シリーズにおける“ON決戦”など、今も多くの人の心に刻まれている数々のエピソードが臨場感たっぷりに描かれています。王貞治さんをはじめとした、元巨人軍選手への取材も収録。