だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1472回 「B級パラダイス 復刻版」

本書は、俳優、故・原田芳雄が残した唯一の著書(エッセイ)29年ぶりの復刻版です。生い立ち、少年時代の話から、俳優座を経て銀幕デビュー、映画、歌、愛しき友人たち、生き方、遊びへのこだわりが、リアルなことばで語りつくされています。松田優作、桃井かおり、宇崎竜堂など、時を共に過ごした仲間との対談も見どころの一つです。

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故・原田芳雄唯一の著書が復刊

 今年7月、俳優の原田芳雄さんが肺炎で死去したと報じられました。 僕(矢島)らの世代(1980年代生まれ)では、役者としてはかなり成熟期の原田さんしか見たことがないという方が多いと思いますが、この本を読んで、「あぁ、こんなに正直で、熱い俳優さんがいたのだなぁ」ということを感じました。  今日紹介する本は、原田芳雄さんのエッセイの復刻版です。同世代の方は、懐かしみながら、名前くらいしか知らない方は、こんな役者さんがいたんだ、ということを感じて欲しいと思います。

● 著者プロフィール  原田芳雄さんは、1940年、東京都生まれの俳優です。俳優座養成所第15期生。舞台では1969年、清水邦夫脚本の「狂人なおもて往生をとぐ」の主役に抜擢され一躍人気俳優となりました。映画デビューは68年。70年 の「反逆のメロディー」以来、圧倒的な存在感と演技力で、生涯120本以上の映画に出演。  そして2008年、早期の大腸がんが発見され手術を受けます。いったんは克服し、俳優活動に復帰しますが、今年7月、阪本順治監督『大鹿村騒動記(おおしかむらそうどうき)」プレミア試写会に車椅子で登場した8日後に、肺炎のため死去。享年71歳でした。

 本書は、1982年に刊行された『B級パラダイス』の復刻版です。原田芳雄さんが遺した唯一の著書が、29年ぶりに復刊されたものです。この本には、原田さんの人生の足跡そのものが綴られています。  疎開先や生い立ちの話から始まり、俳優座養成所時代に貧乏をして、ルンペンのような生活をしていたときの話、銀幕デビューを果たし、役者としての道を歩きはじめたころの話、そして原田さんが好きだった映画や、歌(ブルース)、仲間、趣味・嗜好といったものへのこだわりなど。それらが、リアルなことばで、語りつくされています。  こんなことまで書いていいの? と思えるくらいディープに語られています。

最初の夢、歌手の挫折

 たとえば、原田さんは子どもの頃、役者ではなく、歌手を目指していました。 原田さんがまだ中学生の頃、「歌手になるんだ!」という思いで、文化放送の『素人ジャズのど自慢』という番組に挑戦することを決めました。予選を勝ちあがり、いざ本番で、司会の丹下キヨ子さんと、「あら、高校生?」「いえ、中学生です」なんてやり取りをしながら、原田さんは、「バラの刺青」主題歌「Rose Tattoo」を唄ったんです。  有楽町ビデオホール、観客の前で唄いながら、「なかなかいい声じゃないか。俺は、うまいなぁ」なんて思いながら、サビにかかろうとしたその瞬間…!!

カン〜!(鐘ひとつ)

 原田さんのひとつめの夢が潰えた瞬間でした。

 原田さんは、この出来事のあと、こんなことを思ったのだそうです。

 鐘一つ。信じられないできごとだったね。俺の前に唄った奴が、メチャうまかったんだよ。十九か二十歳くらいの人なんだけど、その男が鐘三つ鳴らしていったんだ。それで俺は「カン」。一週間後の放送聞いたって、まだ、どうしてなんだって信じられない。しばらくの間は、どうしてなんだ、なぜだってしつこくこだわってたんだけど、それをブッ飛ばしたのが、プレスリー。『ハートブレイク・ホテル』をはじめて聞いた時は、本当にブッ飛んだね。人間の声とは、とても思えなかった、信じられなかった。ヤメタ、ヤメタ、もうヤメタ! そう思ったね。自分が歌うことと歌手になるってことが、プレスリーの出現で、つながらなくなってしまったんだ。

後のレコードは、桃井かおりにそそのかされてッ?

 こんな出来事があったことを桃井かおりさんは知ってか知らずか、本書には、原田芳雄さんと、女優・桃井かおりさんが、「歌」について語り合った対談が掲載されています。  桃井かおりさん曰く、「芳雄って、歌うのがすごく好きだしさぁ、人前に立ってはずかしくない人だし、だから一度、歌ってみたらどうかと思ってさ、あたし、レコードとコンサートの企画立てたのよゥ」

 原田さんは、こんなことを言われて、酔った勢いと、桃井さんの話術にまるめこまれて、のちに、ブルースのレコードを出すことになったんです。言ってみれば、桃井かおりさんにそそのかされてしまったわけなんですね。

 レコードを出すことを決めたとき、原田さんは何を思ったのか、心のうちが語られています。

 レコードを出さないか、という話はかなり前からあったんだけど、やっちゃえって思い決めるまでには、一年半くらいかかったね。仕切りが長いんだよ。  もったいぶったわけじゃないんだけど。ガキの夢とはいうものの、いったんダメになったものだからさ。 (中略)  ものすごくやりたかったことがダメになって、また立ち上がるってことには、ものすごくエネルギーがいるんだね。もう一回やるとなると、前の何倍ものエネルギーがいる。どんな小さなことでも。  どうってことない、たいしたことじゃないようなもんなんだけど、仕切り時間みたいなのが、ドンドンドンドン長くなって、一年半。まあ、これ一回きりなら、なんとか立ち上がれる、みたいなことで立ったんだけどね。  だからタイトルは『原田芳雄ファースト・アルバム/ラスト・ワン』(P177より抜粋)

ファン垂涎の当時の写真満載

 その2年後、『レイジー・レディー・ブルース』というセカンド・アルバムが、桃井かおりさんの企画、荒木一郎さんの制作で世に出ることになりました。  このとき、最初で最後のはずだったアルバム『ラスト・ワン』を出した当時の気持ちは依然としてあり、2年経った今でも余韻が残っていたそうなんですね。しかし、そこで転機がありました。宇崎竜童さんにお願いした『怠け女の(レイジー・レディー)ブルース』という一曲、これを聴いたとき、「アッ、これは」と思ったといいます。曰く、「何かしらないけど、それまで自分の中でモヤモヤしてたブルースってものがブカブカと出てきたんだね。こういうものが歌えるようになれたらいいなぁ、と思ったね」と。  こうして、このあと、宇崎竜童さんと組んで、何枚ものレコードを出すことになるわけですが、詳細なことは、ぜひ本書を読んで、当時の雰囲気や、原田さんの心の動きを感じ取ってみてください。

 今回取上げた『B級パラダイス』いかがでしょうか? 俳優・原田芳雄を若いうちから見てきた方であれば、原田芳雄の人生を通して、時代を追体験するかのような、なつかしい気持ちにさせてくれる一冊かもしれません。  そして、文中にはさまれている、原田芳雄さんと共に時代を過ごした仲間との対談も見どころです。対談相手には、松田優作、桃井かおり、大原麗子、黒田征太郎、大楠道代、タモリ、西川峰子、宇崎竜童(敬称略)などなど……。 熱狂的なファンだけでなくとも、この時代を生きた人であれば、退屈することなく、一気に読みきってしまうであろう充実の内容です。

 芝居や映画、コンサート、プライベートの写真もふんだんに入っています。映画『反逆のメロディー』、『野良猫ロック暴走集団71』『竜馬暗殺』『ツィゴイネルワイゼン』のワンショットや、年末恒例の自宅での「餅つき大会」など。ファンにとっては垂涎物ではありませんか? ※『野良猫ロック暴走集団71』は文字化け対策のためアポストロフィを省略しております。

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本書は、俳優、故・原田芳雄が残した唯一の著書(エッセイ)29年ぶりの復刻版です。生い立ち、少年時代の話から、俳優座を経て銀幕デビュー、映画、歌、愛しき友人たち、生き方、遊びへのこだわりが、リアルなことばで語りつくされています。松田優作、桃井かおり、宇崎竜堂など、時を共に過ごした仲間との対談も見どころの一つです。