だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1392回 「夜と霧 新版」

「言葉を絶する感動」と評された本書は世界的なロングセラーとして現在に至っています。生きるとは何か?人間とは?ナチスによるユダヤ人大虐殺の現場となったアウシュビッツ強制収容所に収監された心理学者の著者が実際に体験した記録が赤裸々に綴られています。世代を超えて読み継がれたいとの願いから生まれたこの新版は、原著1977年原版にもとづいて新しく出版されました。

新刊ラジオを購読する方はこちら

読む新刊ラジオ 新刊ラジオの内容をテキストでダイジェストにしました

アウシュビッツ強制収容所を体験した心理学者の記録

● 著者プロフィール ヴィクトール・E・フランクルは、1905年ウィーン生まれ。ウィーン大学卒業、在学中よりアドラー、フロイトに師事し、精神医学を学びます。第二次世界大戦中、ナチスよりより収容所に送られた体験を、戦後まもなく「夜と霧」にて発表します。 1997年9月没。

今回の「夜と霧 新版」は、「夜と霧」というタイトルですでに半世紀近くも読み継がれてきたものです。 「夜と霧」は日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読み継がれてきました。 原著の初版は1947年、日本版の初版は1956年。その後著者は1977年に新たに手を加えた改訂版を出版します。 そして、訳者を変えて新たに今回、「夜と霧 新版」は出版されました。

「夜と霧」は、第二次世界大戦中に著者フランクルが、ナチスによるユダヤ人大虐殺の現場となったアウシュヴィッツ強制収容所に入れられた体験の記録が書かれています。 想像を絶する重労働、収容者たちのガス室への送りこみ、劣悪な環境、飢餓、苛酷な精神状態、精神的・肉体的苦痛、死への恐怖・・。 苛酷な収容所生活を奇跡的に生き抜いた著者の記録です。 死と隣り合わせの収容所生活であったにもかかわらず著者は、そこでの生活を観察し、人間の精神状態を細かく記録し、解説していきます。

生と死を分けた収容者たちの違い

人間は理不尽で苛酷な状態におかれ、極限状態になるとどのようになってしまうのか。収容所で人々が感情を失っていく様子。 生と死を分けた収容者たちの違い。 何故、監督官たちは、収容者たちを虫けらのように扱っても平気で残酷なことができるのだろうか、といった心理的な部分が精神科医の視点から書かれています。 読み進めていくうちに、残虐な場面が何度もあり、思わず目をそむけたく内容も多く出てきます。 それでもやはり今、「生きるとは何か」「人生とは」「人間とは」といったことを考えさせられるこの本は、読むべき、読まなければならない一冊ではないでしょうか。

**ここから抜粋** 「「心理学者、強制収容所を体験する」。 これは事実の報告ではない。体験記だ。ここに語られるのは、何百万人が何百通りに味わった経験、生身の体験者の立場に立って「内側から見た」強制収容所である。 だから、壮大な地獄絵図は描かれない。それはこれまでにも(とうてい信じられないとされながらも)いくたびとなく描かれてきた。 そうではなく、わたしはおびただしい小さな苦しみを描写しようと思う。 強制収容所の日常はごくふつうの被収容者の魂にどのように映ったかを問おうと思うのだ。」(P1より) **ここまで抜粋**

**ここから抜粋** 「頼むからこれだけはやってくれ。髭を剃るんだ。できれば毎日。わたしはガラスの破片でやっている。それとも、最後のパンのひと切れをやってでも、だれかに剃ってもらえ。そうすれば若く見えるし、頬がひっかき傷だらけでも血色はよく見える。病気にだけはなるな。病人のように見えちゃだめだぞ。命が惜しかったら、働けると見られるしかない。靴ずれみたいなほんのちょっとした傷で足を引きずったら、ここでは命取りだ。親衛隊員たちは、そんなやつを見つけたら、こっちに来いと合図する。つぎの日にはガス室送り間違いなしだ。君たちはもう知っているか、ここでムスリムとあだ名されてい連中を?やつれて、疲れきって、病人みたいに見える連中だ。痩せて、体がもう労働についていけない連中。ムスリムはひとり残らず、遅かれ早かれガス室に送られる。たいていは即刻だ。だからいいか、もう一度言うぞ、髭を剃れ、立ったり歩いたりするときは、いつもぴしっとしてろ」(P30より) **ここまで抜粋**

これは、著者が収容所に送られた直後に、自分たちより数週間前にアウシュビッツに送られた知り合いが著者に助言した言葉です。

まとめ

本書では、収容所に収監された直後の絶望的な精神状態、その後の収容者たちが平常心を失っていき精神が崩壊していく姿を描いていきます。 そしてついに解放され生還する瞬間の収容者たちの意外な行動と精神状態・・。 想像を絶する事実だけが突き付けられ衝撃を受けずにはいられません。

終戦直後の1947年に書かれた初版、そして書きなおされた1977年の改訂版。 絶望的な戦時中の思いをひきずりながら、戦後に書かれたもの。そして豊かになりつつある時代に書かれた改訂版。 新版は、旧版に比べて変わった部分がいくつか見られます。 そこには著者を取り巻く世界の変化が少なからず関係しているのではないでしょうか。 その違いを今回「夜と霧 新版」を訳した池田香代子さんが、訳者の視点から細かく分析してくれています。 この機会に、旧版、新版、その両方を読み比べることもお勧めです。

豊かな時代に生まれ育っている私たちに、「生きることの意味」「どのような人生を送るか」などを考えるきっかけになる一冊だと思います。

夜と霧 新版