新刊ラジオ第1321回 「ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010]」
1972年に起きた西山事件。毎日新聞の記者が外務省の女性事務官から入手した、極秘電文が世間に公開され、沖縄返還に関わる日米間の密約が明るみに出た事件がありました。当時の裁判では、「日米の密約」から「記者と事務官の不倫問題」へと世間の目をそらし、女性事務官が罰せられるだけの結末となりましたが、実は、この事件は2010年まで続いていたのです。
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沖縄密約をめぐる国の嘘(1)
1972年5月15日、沖縄が日本に返還されました。 改めて振り返ると、今からわずか38年前の出来事です。
当事、沖縄返還協定に絡み、ある新聞記者が国家の密約を暴いた結果、機密漏洩の罪に問われたという西山事件がありました。裁判は現代まで続き、2010年に逆転判決が下されました。この逆転判決にいたるまでの、様々な思いや人間ドラマが、『ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010]』に描かれています。 今回は、山崎豊子さんの『運命の人』を超えるノンフィクションとの評価を得たルポルタージュをご紹介します。
● 著者について 諸永裕司さんは、1969年生まれ。1993年朝日新聞入社、「AERA」編集部、社会部、「週刊朝日」編集部などを経て、現在はアサヒ・コム編集部所属。著書に『葬られた夏 追跡・下山事件』があります。 本書は、諸永さんが書いたルポルタージュです。取り上げている題材は、1972年に起きた西山事件です。
● 西山事件について 1971年、佐藤栄作内閣の時に結ばれた、日米間の沖縄返還協定において、公式発表ではアメリカが支払うことになっていた「地権者に対する土地原状回復費400万ドル」を、実際には日本政府が肩代わりしてアメリカに支払うという密約がありました。 この事を、当時、毎日新聞の記者であった西山太吉さんが暴いた事件です。
西山さんが入手した証拠となる極秘電文は、社会党の政治家・横路孝弘(よこみちたかひろ)さんの手に渡り、彼が国会で追求した事により、事件は明るみに出ました。 これは当時の世論に大きな影響を与え、国民は日本政府に対して批判の目を向けるようになります。 しかし、事件は意外な結末を迎えます。 西山さんは、外務省の女性事務官に接触し、いわゆる不倫関係にある状態で、彼女からこの極秘電文のコピーを入手していました。 この事実を掴んだ国は、西山記者と女性事務官に対し、国家公務員法違反の疑いで逮捕・起訴をしました。おおざっぱに言うと、論点を「密約の有無」から「国家機密の漏洩」にすり替えたのです。
沖縄密約をめぐる国の嘘(2)
さらに、裁判では起訴状に異例の文章を織り交ぜていました。「ひそかに情を通じ、それを利用して」という一文です。 すなわち、西山記者が、女性事務官と不倫関係にあり、それを利用して、国家機密を入手した事は、取材対象の人格を蹂躙した行為であり、正当な取材活動の範囲を逸脱している、という内容で訴えを起こしたのです。
この裁判により、世間の目は「日米間の密約」から「男女間の不倫関係」へと移り、国への批判から一転して、西山記者達に対して批判の目を向けるようになりました。 その結果、西山記者、及び、女性事務官は裁判に負け、世間や大手マスメディアから強い批判を受けるようになります。さらには、この女性事務官の夫婦はこれをきっかけにして、離婚する事になり、その後、西山記者に対して激しい批判を浴びせるようになりました。
一方の西山記者は、毎日新聞を退社。 郷里の北九州に戻り、親戚の青果会社で働くようになりました。
これで終わりだと思われている西山事件。実はまだ終わりでは無かったのです。 2005年に、琉球大学の我部政明(がべまさあき)教授と朝日新聞が、アメリカ側で公開された、密約を裏付ける文書を発見し、西山事件の本来の争点「日米間の密約」が再び浮上してきたのです。 その後の裁判の結果、2010年に逆転判決となりました。
1972年に発覚し、2010年に決着のついた「沖縄返還協定における日米間の密約」 本書では、ルポルタージュとして、二人の人物を中心に、この事件を追っています。
沖縄密約をめぐる国の嘘(3)
本書は二部構成になっています。 第一部は、極秘文書を手に入れた西山太吉記者の妻である西山啓子(ひろこ)さんを中心に、西山記者のその後や、西山夫妻のその後を追っています。 この本のタイトルは「ふたつの嘘」ですが、第一部における「ふたつの嘘」とは、「夫の嘘」と「国の嘘」。 不倫をしていた夫・西山太吉。密約を隠し通し、さらに世間の目を夫の不倫問題へと向けた日本という国。この2つに翻弄された西山啓子(ひろこ)さんの様子を、徹底的に追っています。
第二部は、 2008年〜2009年から始まった、沖縄密約情報公開訴訟の担当弁護士の一人、小町谷育子(こまちや いくこ)さんを中心に、事実を追っています。 西山さんを始めとして、研究者やジャーナリスト63名が、外務省・財務相に情報の開示を求めた裁判です。 西山さんにとっては、名誉回復の機会ともいえる裁判ですが、小町谷さんは、そうではなく、あくまで情報公開の場、つまり、国民の知る権利を正当に行使する場として、裁判に臨んでいます。
第二部における「ふたつの嘘」は「過去の嘘」と「現在の嘘」 こちらは、一つの裁判の物語として、興味深く読み進めることができます。
本全体を追っていくと、1971年〜2010年までの事柄が書かれているものの、 読者の一人としては、淡々と読めてしまうところがありますが… その中で、第一部・第二部に共通して出てくる西山太吉という人物の変化が、 年月の重みを感じさせます。
第一部の西山事件の当時、40歳だった西山さんが、 第二部の裁判では78歳。
西山事件が起こる前までは、毎日新聞の記者として、読売新聞の渡辺恒雄と鎬を削ったり、様々な政治家に媚びることなく、取り入ったりと、敏腕ぶりを発揮していた西山さんですが、事件後は、意気消沈し、ギャンブルにのめり込んだりしています。 この点は、第一部で、妻である西山啓子さんの視点から語られているので、豪放快活な夫が、どこか寂しげな中年男性へと変化していく様子に、何ともいえない歯がゆさを感じました。
第二部では、弁護士の小町谷育子さんの視点から見た、原告の一人である、西山太吉という老人となって登場しています。 小町谷さんの第一印象は最悪だったようですが・・老いながらも新聞記者時代のギラギラした雰囲気を取り戻した西山さんを感じることができました。
綿密な取材で裏付けられた事実と、客観的な記述、当時の思いを述べた関係者の言葉だけで、小説なみの物語ができてしまうのだなと感動しました。
ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010]
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