話題の著者に聞いた、“ベストセラーの原点”ベストセラーズインタビュー

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ツナグ 想い人の心得

『ツナグ 想い人の心得』

  • 編集: 辻村深月
  • 出版社: 新潮社
  • 定価: 1,500円+税
  • ISBN-10: 4103283238
  • ISBN-13: 978-4103283232

『ツナグ 想い人の心得』著者 辻村深月さん

出版界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。
第107回の今回は『ツナグ 想い人の心得』(新潮社刊)を刊行した辻村深月さんが登場してくれました。

辻村さんの『ツナグ』といえばシリーズ累計100万部に達した大ベストセラー。依頼人と依頼人が会いたい死者を再会させる「ツナグ」という役割を担う歩美の葛藤と成長、そして死者と生者を巡るドラマを描き、2012年に映画化もされました。

その続編となる今作ですが、当初辻村さんは続編を書くつもりはなかったとか。その思いが変わった背景にはどんなきっかけがあったのか。そして『ツナグ 想い人の心得』の物語をどう紡いでいったのか、ご本人にお聞きしました。
(聞き手・構成:山田洋介、写真:金井元貴)

『ツナグ』続編のきっかけになった映画プロデューサーのひとこと

著者写真

――  『ツナグ 想い人の心得』は映画化もされた『ツナグ』の続編です。ヒット作の続編ということで、執筆する際にどんなことを考えていたかを教えていただきたいです。

辻村: 『ツナグ』を書いた時点では続編を書こうという気持ちは全然なかったんです。シリーズものの小説が大好きで憧れがある分、それがとても大変そうだということも想像がついたので、自分が書くことはないだろうとも思っていました。

――  確かに、辻村さんの作品にはこれまでシリーズものはありませんでしたね。

辻村: そうです。ただ、『ツナグ』を読んでくださった方々からの反応を通して、思っていた以上にこの作品を必要としてくださる方がたくさんいらっしゃることが分かりました。

「自分だったらこの人に会いたい。その人とはこんな思い出があって」という思いをつづった丁寧なお手紙をいただいたり、「本の奥付にある新潮社の電話番号にかけたら“ツナグ”が出るんじゃないかと思って何度かけようと思ったかわかりません」とおっしゃる方がいたり。そういったお話を聞いているうちに、続編で歩美のその後を書いてみたいという気持ちにだんだんなっていきました。あとはやはり映画の影響も大きかったです。

――  映画を見た方からの反応ですか?

辻村: それもありますが、監督やプロデューサー、俳優のみなさんが、私が考えていたくらいの情熱、もしかしたらそれ以上の熱量で作品に関わってくださったんです。自分の小説はどれも自分の子どもだという感覚がもともとあったのですが、「一人で育てていた子ども」が「みんなの子ども」になったような感じでしょうか。

映画の打ち上げの時にプロデューサーのお一人が「今後いつか、歩美くん(作中で死者と生者を引き合わせる“ツナグ”という役割を担っている少年)が結婚する時に、自分が“ツナグ”であることを相手にどんな言葉で話すのかということにもつい思いを馳せます」とおっしゃったんです。それを聞いた瞬間、その場面が頭に思い浮かんで、書いてみたいと思いました。その時はじめて続編をはっきり意識した気がします。

――  プロデューサーの方の発言は今回の作品の内容とつながってきますね。個人的には最初の場面に驚きました。ツナグとして歩美がやってくるのかと思いきや……。

辻村: 『ツナグ』から9年経っていて、作中の時間も7年進んでいますから、最初の場面ではまず読者の意表をつきたかったんです。

――  ただ、第一章を最後まで読むと、嬉しい再会がある。これまでの読者には嬉しい読みどころなのではないでしょうか。

辻村: そう思っていただけたら、著者としては幸せです。今回のどの話にも共通していると思うのですが、「ツナグ」は「死んだ人間と一度だけ会える」という設定を通して「喪失」を描いています。だから痛みや苦しみを抱えた人たちが登場しますが、痛みや苦しみって経験した時の状態がずっと続くわけではないんですよね。もちろん、忘れるわけではないにしても、時間が経つことで傷への寄り添い方は変わってくる。続編ではそのあたりも、前作より意識した描き方になっていると自分でも感じました。だから、一章の最後を皆さんにどう読んでいただけるのかは、私自身、楽しみです。

――  一生に一度だけ死者との再会を叶える使者「ツナグ」である歩美のところには、死者に会いたいと願う依頼人から電話がかかってきます。動機も会いたい人との関係性も実に様々で興味深かったです。

辻村: 今回の再会は、前作とは趣向が違うものが多いのですが、中でもたぶん、一番その色合いが強いのが第二章の「歴史研究の心得」だと思います。これも映画の時ですが、出演された俳優の皆さんが「死者に会えるなら誰に会いたいですか?」という質問を公開時の取材で受けられていたんです。

その中で主演の松坂桃李さんが「宮本武蔵に会いたい」と仰っていて、自分にはなかった発想だったので驚きました。確かに「ツナグ」の「死者に会える」というルールでは歴史上の人物という選択肢もあり得る。ただ、もしそれを希望するとしたら、時代が違うことできっと言葉も違うだろうし、大変なことも多そう。どんな準備が必要で何をしないといけないかというのを小説の中で大真面目に考え始めたら、とても楽しかったんです。そこで「やってみよう」と。

――  個人的にも「歴史研究の心得」が一番好きです。依頼人が会いたいと希望するのは戦国時代の領主「上川岳満」。読んでいて気になったのですが、この人物は実在していたのでしょうか?

辻村: 読者のご想像におまかせしたいところなのですが、実は私が創作した人物です(笑)。読後に読者が思わずネットで検索してくれるようなリアリティーを持たせたい、と考えながら人物像を作り上げていきました。

著者写真

――  やっぱり!いかにもありそうなキャラクターづけがされているので実在の人物だと思ってしまいました。

辻村: キャラクターはもちろん、そのキャラクターが登場するためには「架空の歴史」が必要なのですが、これを書くのも楽しかったです。歴史ものは自分には縁遠い題材だと思っていましたから、こんなに大胆なことが書けるとは思いませんでした。

――  「架空の歴史」のポイントになるのが、岳満が残した「和歌」です。これは専門の方にお願いしたと聞きました。

辻村: 「yom yom」で連載していた時点では別の和歌を引用していたのですが、やはり時代背景も含めてぴったりくるものを入れたかったので、本にする際には俳人の川村蘭太さんにお願いして作っていただきました。

すでにある物語の中の流れに沿って、著者と小説の都合に合わせた歌を詠んでいただかないといけないわけで、しかも作中では、依頼人の男性から「あまりうまくない歌」と言われたりもしてしまっている(笑)。そんな予め定まった枠組みの中に入れ込む歌を作るというのは、ともすれば乱暴なお願いごとだというふうに取られても無理はないと思うんです。私も覚悟の上でのお願いだったのですが、川村さんはものすごく柔らかい感性を持っていらっしゃる方で、物語としての『ツナグ』がどういうものなのかを理解してくださったうえで、何案も考えてくださったんです。歌一つ一つに注釈をつけてくださったのですが、それを読んでいると、楽しみながら歌を作ってくださったことが伝わってきて、ぐっときました。

――  それはありがたいですね!

辻村: 本当ですよね。研究者の領域にお邪魔するわけですから恐縮していたのですが、フィクションの持つ力だとか物語や小説がどういうものなのかをご理解くださる方と巡り合えたことで、小説により奥行きが出たと感じています。

――  依頼者の鮫川老人が上川岳満と会うことで、岳満の和歌の真意が明らかになるところが好きです。私たちは歴史や歴史上の人物が残したものについて様々に解釈しますが、実際に本人に会った人間は誰もいないわけで……

辻村: 歴史小説や大河ドラマになぜ人が惹きつけられるかというと、今までいわれていたのとは別の人物像や歴史解釈が提示されることも理由の一つにあると思うんです。

歴史の解釈にはどうしても語る人の主観が入りますし、私たちが学校で学んできた歴史も、圧倒的に「勝った方」にスポットライトが当たっていて、「この人が正義で、この人は敗者」という目線ができてしまいやすい。でも、私たちが知っていると思っている歴史は誰かの主観であって、それだけが正しいことではないのかもしれないということは「歴史研究の心得」と銘打って書くなら必ず入れたいと思っていました。

もし「ツナグ」が実際にいたとしたら……

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――  生きている側が一方的に死者を呼び出すのではなくて、死者の方にもその人に会うか選ぶ権利があって、死者の方も生きている人と会えるのは一度きり、というルールが物語にも影響を与えています。このルールだと、生きている方も思い悩みますよね。「自分は亡くなったあの人に会いたいけど、向こうは私よりも会いたい人が他にいるはず」とか。

辻村: 最終章の「想い人の心得」はまさにそんな話です。前作を書いていた時は「ツナグ」はまさに死者という存在そのものをどこかから呼び出してきているという感覚だったのですが、だんだんと「呼び出すものは死んだ人の魂そのものでなくても構わないのかな」と思うようになったんです。

――  魂でないとすると、どういったものなのでしょうか。

辻村: 魂ではなくて、この世の中に残るその人の記憶をありったけ集めた姿を一夜の形にしているようなものなのかもしれないと考えるようになりました。たとえば「想い人の心得」で、若い頃に片思いしていた少女に会いたいと願う蜂谷という老人は、少女が生きていた頃の関係性そのままに「私が会いたかったのはあなたじゃない」と怒られることさえ望んでいるように思える。この小説で再会する死者は、そんなふうに依頼人の存在を反映する鏡のような存在に思えてくるんです。

会いたかった人に優しい言葉をかけてもらいたい人ばかりじゃなくて、「怒られるかもしれない」とか「あの人だったら何と言うだろう」とか、死者についての記憶を通して自分の行動や決断を考えたくて再会を望む人もいる。

主人公の歩美もまた、自分のおばあちゃんだったらどう言うだろう、と常に死者の存在を傍らに置きながら、迷いつつ成長していきます。実際に生きていたら相談なんてしなかったかもしれないことにも亡くなったおばあちゃんの目線で考える。死者を、現在の自分を写す鏡のように感じるというのは、そういうことだと思います。

――  もし「ツナグ」が実際にいたとしたら、辻村さんは誰に会いたいですか?

辻村: 前作の編集を担当してくださって、今回の本を書いている途中で亡くなられた新潮社の木村由花さんでしょうか。ただ、木村さんは名編集者だったので、私以外にも会いたいと希望する人がたくさんいらっしゃるはずだから、叶うかどうかは難しいのですが。『ツナグ』のシリーズは由花さんがいなければ生まれなかったものなので、いつか歩美に頼んで今回の本を渡してもらえたら嬉しいです。

――  「死者との再会」というテーマの作品は、これまでにも何人かの作家が書いています。辻村さんがこのテーマを扱った理由はどんなところにあったのでしょうか。

辻村: 「yom yom」の編集長だった木村さんから執筆依頼をいただいた際に、私の書いた「ぼくのメジャースプーン」という話が大好きだと言ってもらったんです。これまでも私の小説は読んでいたけれど、「これは尋常ではないと思い、一緒にお仕事を」という熱意に溢れたメールをいただき、この人の気持ちに応えるものがお返ししたいと思いました。

「ぼくのメジャースプーン」では、現実にはあり得ない「不思議な力」が登場します。あの話のような、小説だからこそ実現可能な少し不思議な設定を作るとしたらどんなものがいいか。そう考えた時に、人が一番、望むけれど叶わないことは「死者との再会」かもしれないと思ったんです。

「死」や「喪失」を描こうという大きなテーマが先にあったわけではなく、「再会」の設定の方が念頭にあって、「ツナグ」という小説の基本的な部分ができていきました。

――  とはいえ書くとなったら「死」も「喪失」も重いキーワードではあります。

辻村: 『ツナグ』を書き始めた当時、私は30代に入ったばかりだったのですが、「次は死について書く」と言うと、「あなたの年齢でそのテーマはまだ早いんじゃないか」とか「あなたの歳では喪失の経験は少ないだろうに」と言われたことをよく覚えています。

確かにその頃は、私自身が「ツナグ」に頼んでまで会いたいと思える人の心当たりはまったくありませんでしたが、だからこそ「死」や「喪失」についてフラットな考えで書けるかもしれないと思ったんです。死や喪失について、経験に引き寄せられることなく俯瞰できる今じゃないと書けないことが逆にあるのではないかと、思い切って書き始めました。

――  実際に書いてみた感触はいかがでしたか?

辻村: 先ほどの話にもありましたが、こちらとしてはそんなに最初から大がかりな気持ちで書いていたわけではなかったので、依頼人と「ツナグ」を巡るシチュエーションとして単純におもしろいものができあがればいいなという感じでした。

ただ、最終章にきて歩美の中に葛藤が生まれてきたんです。「会いたいからといって、死者を生きている人の都合や願望で呼び出してしまうのは、生きている人間のエゴなんじゃないか」と悩みはじめた。そこに突き当たった時に「私はもしかしたらここが書きたくて今まで書いてきたのかもしれない」と感じたんです。この葛藤こそが私があの年齢で死者の物語を描くことの意味だったのかもしれません。

どの小説もそうですが、私は「このテーマについてこう書きたい」という構想が最初から自分の中にあることはほとんどなくて、書くことを通してテーマに気づくこともありますし、本になって書評や感想をいただいたことで、読み手の言葉から、「そう、それが書きたかったんだ!」と視界が開けることもあります。

こういうことを事前に自分で把握していればもっと楽に書けたかもしれない、とも思うのですが、逆に把握していたら書けなかったのだろうとも思います。書きながら迷ったり葛藤しながら自分が本当に書きたかったことに辿り着くということの繰り返しです。これからもそうやって書いていくのだと思います。

綾辻作品に出会っていなければ、今のような作家にはなっていなかった

著者写真

――  「新刊JP」は出版や本について専門に扱うサイトなので、読書の楽しさについても伝えていきたいと思っています。辻村さんが最近読んで面白かった本のことを教えていただきたいです。

辻村: 『十二国記』の最新刊『白銀の墟 玄の月』です。前の刊が出た時、私は大学生だったのですが、今回の新刊の報を聞いて、「お帰りをお待ちしていました!」という気持ちでずっと楽しみにしていました。

私が作家を職業にしたこともあって、昔からの友達は今はかえって私には普段、本の話をしてこないんです。けれど、『十二国記』の場合は、今の仕事や立場を忘れて新刊の話題で一つになれるんですよね。学生時代と同じ熱量に戻って「十二国記の新刊出るよね!」と盛り上がれることが本当にすごい。

今回の新刊を読むにあたり、「どんな伏線も見逃したくない」という思いから、この夏はずっとシリーズの最初から全部読み返していたのですが、そうやって既刊を読みながら新刊を待てることに幸せを感じました。

――  1991年から続いているシリーズですから膨大な量になりますね。

辻村: 今年の夏は『十二国記』ばかり読んでいました。旅行先でも、仕事の合間にも。

最初に『十二国記』を読んだ10代の頃の自分を巡る状況や気持ちも一緒に蘇ってきて、時間を超えて好きでいつづけることができる作品があるということの幸せを堪能しました。著者の小野不由美さんにも改めて感謝を覚えます。

――  もう少し読書遍歴をさかのぼって、物心ついてからはじめて熱中した本を教えていただきたいです。

辻村: 小さい頃から絵本は読んでいましたが、物心ついてからということだと江戸川乱歩やコナン・ドイル、アガサ・クリスティー、ガストン・ルルーなどの児童向けに翻訳されたミステリだと思います。

物心ついた時にはすでに本が大好きだったのですが、学校の図書室の本をやみくもに借りて読んでいくなかで、自分がある種類の本を読むとすごくワクワクすると気づいて、それがミステリだったんです。

――  江戸川乱歩は私もはまりました。ポプラ社から出ていて、おどろおどろしい挿画が入っていましたね。

辻村:少年探偵団』シリーズから入って、大人向けの乱歩の世界を読み始めた時の、背徳感と隣り合わせな読書の体験も、その後の自分に大きな影響を与えてくれたと感じています。

――  辻村さんと同じように私もミステリが好きだったのですが、そのせいか「謎」や「事件」がない本のおもしろさを理解したのはだいぶ後になってからだったように思います。

辻村: わかります(笑)。私も謎や真相への驚きがなければ物足りない、と感じる種類の読者だったのですが、他のジャンルの本でも、夢中になれるものには誰かの秘密があったり、その作中での「真相」のようなものがある。ミステリでない本にも、ミステリとしての楽しみと読みどころを探せている気がして、ある意味、得な読み方ができているかもしれないです(笑)。

――  辻村さんが人生で影響を受けた本を3冊ほどご紹介いただきたいです。

辻村: 藤子・F・不二雄先生の『ドラえもん』と、綾辻行人さんの『十角館の殺人』、あとは岡崎京子さんの『リバーズ・エッジ』かな?

――  劇場版の『ドラえもん』でどれが一番好きですか?

辻村: それは一つ選ぶのが難しい……。どれを答えても「ああっ、でもあの作品も!」となりそうで。でも子どもの頃に一番繰り返し見たということで『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』と答えたら悔いは残りません(笑)。

――  先ほどのミステリのお話と似ているところがありますが、『ドラえもん』もいつの間にか見ていて、いつの間にか好きになっている類の作品かもしれません。

辻村: そうですね。だから、『ドラえもん』のひみつ道具で何が好きかとか、さっきみたいにどの映画が好きかという話題で初対面の人同士であっても盛り上がれる。みんなが『ドラえもん』にまつわる何かの思い出を持っていて、そういうところにも国民的漫画の凄さを感じます。

『ツナグ』も実際にはあり得ない不思議な設定の話ですが、そうした設定を書くのに抵抗がないのも、自分が『ドラえもん』で育った影響が大きいと思っています。『ドラえもん』の中に出てくる「スコシ・フシギ」はあくまで日常と地続きな場所にある。非日常的な設定にきちんとルールがあって、私たちが自分の身近に不思議な世界を感じられるようになっているんですよね。

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――  『十角館の殺人』についてはいかがですか?

辻村: さっきお話ししたように、子どもの頃はジャンルに無自覚に本を読んでいたのですが、はっきりと自分がミステリ好きだと自覚したのはこの本がきっかけだったと思います。

小説でしかできない表現のミステリに出会ったことで、「なんてすごいものを読んだんだろう!」と興奮して、読後、自分の部屋の中をうろうろしたのを覚えています(笑)。綾辻さんの本に出会っていなければ、今のような形で自分が小説を書いていることはなかったでしょうね。

この本に出会ったことをきっかけに、綾辻さんが薦めているミステリを読むようになり、自分の中に『十角館の殺人』を中心にした読書の地図みたいなものが一気にできていった。今回の『ツナグ』にしても、何か大きな事件が起きるわけじゃなくても、どの話にも誰かの秘密や著者としての企みがあります。ミステリ以外のジャンルのものを書く時でも、これまで読んできたミステリで培われた文法で自分は小説を書いていると感じるんです。私がかろうじてミステリ作家を名乗れるのは、『十角館』と綾辻さんのおかげだと思っています。

――  『リバーズ・エッジ』についてもお願いいたします。

辻村: 高校生の時に読んだのですが、いつも寄り道するコンビニになぜか置いてあって、少し開いただけで、その圧倒的な表現や言語感覚に胸を撃ち抜かれました。当時の自分に刺さる言葉も多く、「私たちのための本」だと感じたんです。最後まで少しずつ立ち読みして、すべてを読み終えた頃にようやくレジに持って行ったのですが、そうした出会いの思い出まで含めて大好きな作品です。自分が少年少女を書くことが多いのは、『リバーズ・エッジ』の影響かもしれませんし、いつかこんな物語を書いてみたいと思いながら、今も小説を書いている気がします。

――  最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。

辻村: 前作から9年経って歩美が戻ってきました。『ツナグ』を読んでくださった方にも、また一味違うパターンの再会をあれこれご用意しましたので、『ツナグ 想い人の心得』もぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

初めて読んでいただく方にも、自分だったら誰に会いたいか、自分だったらどうしたか、登場人物の気持ちになって一緒に考えていただけたら。読者の皆さんそれぞれが自分のこれまで生きてきた中での何かを思い出せるような小説になっていたらいいなと思っています。

取材後記

時間さえ許せばおすすめの本が何十冊も出てきそうな辻村さん。自分の小説への愛情と同じくらい、他の作家の作品や本そのものへの愛情を強く持っているのが伝わってくるインタビューでした。

辻村作品初のシリーズものになった「ツナグ」が今後どんな形でつながれていくのか。第三作は7年と言わずもっと早く読みたいと、待ちきれない気持ちです。

辻村深月さんが選ぶ3冊

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『大長編ドラえもん (Vol.2) のび太の宇宙開拓史』
著者: 藤子・F・不二雄
出版社: 小学館
定価: 429円+税
ISBN-10: 4091406033
ISBN-13: 978-4091406033
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『十角館の殺人』
著者: 綾辻 行人
出版社: 講談社
定価: 860円+税
ISBN-10: 4062758571
ISBN-13: 978-4062758574
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『リバーズ・エッジ』
著者: 岡崎 京子
出版社: 宝島社
定価: 890円+税
ISBN-10: 480024238X
ISBN-13: 978-4800242389
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プロフィール

辻村深月さん

1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、2018年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞受賞。著書に『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『島はぼくらと』『盲目的な恋と友情』『朝が来る』『東京會舘とわたし』『青空と逃げる』『傲慢と善良』など多数。

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『ツナグ 想い人の心得』
著者: 辻村深月
出版社: 新潮社
定価: 1,500円+税
ISBN-10: 4103283238
ISBN-13: 978-4103283232

作品紹介

死者との再会を叶える使者「ツナグ」。長年務めを果たした最愛の祖母から歩美は使者としての役目を引き継いだ。7年経ち、社会人になった彼の元を訪れる依頼者たちは、誰にも言えぬ想いを胸に秘めていた――。後悔を抱えて生きる人々の心を繋ぐ、使者の物語。シリーズ累計100万部の大ベストセラー、9年ぶりの待望の続刊!

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