『カメレオンの影』ミネット・ウォルターズ著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!戦地での経験によりPTSDを負い、家族とも友人ともうまくいかなくなる兵士のケースはニュースでよく見ており、映画にも登場する。我々はそんな兵士たちを、理解し難い恐ろしい存在として、被害者としてではなく何か恐ろしいことをする加害者として疑いと恐怖の眼差しで見てしまいがちだ。
アクランド英国軍中尉はイラクで爆弾によって頭に重傷を負い、片目を喪失する。病院での彼は他人に触れられると暴力的になり、看護師たちを戸惑わせていた。退院後、彼はロンドンに住み始める。だがアクランドともめた高齢の男がその後に何者かに襲われ、彼は警察に拘束される。近隣では、軍歴のある3人の独り暮らしの男性が殴殺される連続殺人が起きていた。
本作も悪魔の羽根同様、3つの「語り」スタイルを使い分けて物語を重層的に語る。
1.記事 軍の内部資料
一人暮らしの老人の殴打事件。世間はこのように事件を捉えているという公的なもので、捜査を実際に担当するジョーンズ警視らの見解とは異なる場合もある。
2.ロンドン警視庁の内部メモ 医師の診断内容
専門家により作成されたもの。1よりも、より踏み込んだ詳細な内容になっている。
3.地の文
アクランド以外登場人物達全ての三人称。
1は発表された内容だが、あくまで表向きの広報のような扱いだ。「2」は一方的な推理。よって全てを知る読者は、三つの情報を組み合わせながら自身で事件を組み立てていくことができる。
従来の作品で、特殊な状況が生じて閉塞に向かう社会をよく取り上げていたウォルターズだが、今回社会は基本的にオープンだ。にもかかわらず、アクランドや帰還兵達には社会に居場所がなく、被害者の素性が明らかになる過程で、LGBTに対する偏見がイギリス社会に根強いことも示唆される。物理的に遮断されていなくても、表に出てこない偏見や先入観が特定の人物を阻害=遮断して、結果的に壁が出来てゆく。ミステリでとある人物の影を暴きつつ、英国社会の影も露にする社会小説の要素もある。
(レビュー:星落秋風五丈原)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」