『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編 』小川洋子ほか著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!ジャネイロさんの書評を拝読させていただき読もうと思っていた一冊です。本書には小川洋子さんが佐野元春さんの曲からイメージして書いた10の物語が収められています。私は小川洋子さんの小説も好きなのですが、それ以上に佐野元春のファンなのです。曲もさることながら歌詞がとても好きで、詩人という肩書を併せ持つ彼の惚れ惚れするクールな歌詞は読むだけで楽しいのです。
気に入った話をいくつかご紹介します。
【バルセロナの夜】
ある町に引っ越してきた私は図書館を見つける。ある日図書館のスペイン関係の棚で男性に話しかけられる。男性はスペインの棚と壁の隙間を指し、ここは図書館の中で忘れられた場所でここからだと誰にも気づかれずに図書館全体が見渡せるという。そして奇妙な依頼をされる。それはキラキラ光るガラスでできた猫のペーパーウェイトを半年間持っていて欲しいというものだった。
「バルセロナの夜」は彼のセカンドアルバム「ハートビート」に収められている美しい曲です。彼の曲の中では比較的ストレートなラブソングです。しめやかなバルセロナの夜を過ごす恋人たち。愛している気持ちはいつまでも変わらない。たとえ死が二人を分かつとも。
【また明日】
僕は初めてみみずくクラブを訪れた。みみずくクラブとは会員に望む声を提供しているクラブだ。僕はニュース番組のエンディングで流れる「また明日・・また明日・・」という女性の声に恋してその声を探していたのだ。みみずくクラブでその声を見つけ一週間借りることができた。ピアスをつけ彼女と話す夢のような一週間。返却期限が来ても彼女と離れたくない僕が選んだ選択とは。
「また明日」は中期の名盤「sweet16」に収められています。小説の通り「また明日・・また明日・・」とサビの部分での佐野元春とデュエットしている女性の声がとても印象的なナンバーです。TBSのニュース番組のエンディングにも実際に使われていたようです。この女性は実は矢野顕子さんです。この曲は素晴らしいですし、矢野顕子さんも素晴らしいミュージシャンですが一日中耳につけたピアスから矢野顕子さんのあの独特な声が聞こえるというのはどうも・・
【情けない週末】
MOTOのコンサートの帰り、博物館のレンガ塀の横を歩いていると何かおかしい。いつの間にか地下鉄の通路にいる。外に出るとそこは寂れた公園だった。十年前彼と散歩した公園だった。何もかもがその当時と同じ。どうも過去の世界に入り込んだようだ。どうやって帰るのか地下鉄の通路にいたサックス吹きのおじさんに聞いてみよう。
10の短編の中で最も歌詞に忠実な物語です。ブルース・スプリングスティーンの影響を受けていると言われる佐野元春さんですが、このデビューアルバムに収められている名曲もとてもアメリカの匂いのする作品です。ウィスキー、地下鉄の壁、Jazz men、落書き、共同墓地、死んでる噴水・・私は子供の頃この曲を聞いて行ったことのないアメリカのダウンタウンを想像していました。
とても楽しめる短編集でした。佐野元春ファンならずとも、もちろん小川洋子さんの短編集ですから読んで損はないと思います。ふわっとしたファンタジー色の強い作品が多い印象で村上春樹さんの短編が好きな方にはかなり合うと思います。
(レビュー:darkly)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」