だれかに話したくなる本の話

『森崎書店の日々 』八木沢里志著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

森崎書店とは、神保町のさくら通りの一隅にある古書店だそうです。本書は、その古書店に暮らした20代半ば女性の、夏の初めから翌春までの半年ばかりの日々を描いた小説です。古書店小説というよりも、女性の成長物語です。恋にやぶれ仕事も辞めてしまった女性が、叔父の経営する書店の二階に居候しながら、次第に本への興味も開かれ、あらためて人生の歩みをはじめていく話と要約できます。「一回休み」小説かもしれません。ただ、成長にはこういう一回休みが必要な時もあるのではないでしょうか。
2009年のちよだ文学賞で大賞を受賞してから、本文庫として刊行され映画化もされています。実際に神保町でロケをしているそうです。残念ながら映画は未見です。

古書店を舞台にした小説と言えば、現在の人気作は「ビブリア古書店」シリーズでしょう。本をからませたミステリーは、登場人物の人生がうまく投影され、対象の本を読んでいればなお、読んでいなくても十分に読み応えがあります。さかのぼれば「佃島二人書房」という名作もあります。現役古書店主が書いた古書店近代史は、大河ドラマ並みの存在感といっても過言ではないかもしれません。
本作はこうした2作になじんだ人にとっては、少々物足りなさを感じるかもしれません。主人公の貴子の曾祖父がはじめたお店とはいえ、主人公自身はもともとはさほどの読書家でもないようですし、東京勤め(九州出身)だったとはいえ、どうやら神保町にもなじみがなかったようです。物語の起伏もさほど大きくはなく、神保町とお店と本に少しずつなじんでいく貴子の「日々」が描かれます。

そんな小説がおもしろいのかというと、やはりおもしろいのです。気になるあれこれを、こちらが勝手に想像して埋めていくのです。このお店は目録やインターネットでの販売はしていないのだろうか。ふだんの昼食はどこに食べにいくのか、カレー屋はどこにいくのか。食材はどこまで買いにいっているのか。若い女性なら最近増えている小粋な雑貨店には行かないのか、などと勝手にふくらませていってしまうのです。神保町の常連であればなおさらではないでしょうか。見方をかえれば、本作の主人公は神保町そのものといえるでしょう。
これは街の記述がやや物足りないことの裏返しともいえましょう。実在のお店はあまり出てきません。比較的よく出てくる有名喫茶店も「しぼうる」という仮名です。ただ、これは貴子から見えた街だからかもしれません。すごす歳月とともに、もっといろんな街の記述が出てくるのかもしれません。叔父やトモちゃん、桃子さんなど「語り手」をかえたら街の別の姿を紹介してくれそうです。もしかしたら、将来の貴子がこの書店を継ぐことがあるかもしれません。そのときは、この街はまた違った姿をみせてくれるのではないでしょうか。

*初出TRCブックポータル2014年1月 

(レビュー:拾得

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森崎書店の日々

森崎書店の日々

貴子は交際して一年の英明から、突然、他の女性と結婚すると告げられ、失意のどん底に陥る。職場恋愛であったために、会社も辞めることに。

恋人と仕事を一遍に失った貴子のところに、本の街・神保町で、古書店を経営する叔父のサトルから電話が入る。飄々とした叔父を苦手としていた貴子だったが、「店に住み込んで、仕事を手伝って欲しい」という申し出に、自然、足は神保町に向いていた。

古書店街を舞台に、一人の女性の成長をユーモラスかつペーソス溢れる筆致で描く。「第三回ちよだ文学賞」大賞受賞作品。書き下ろし続編小説「桃子さんの帰還」も収録。

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