『ポルトガル短篇小説傑作選 (現代ポルトガル文学選集) 』ルイ・ズィンク他著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!「そもそも、日本国内には本当の意味で現代ポルトガル文学の専門家はいないのである」(編者黒澤直俊による『あとがきにかえて』より)
こういう事情もあって、黒澤直俊は、リスボン大学教授で自らも作家のルイ・ズィンクのアドバイスを受けつつ、何作かは自ら翻訳も行い、本書を編纂しました。まずは、こういう本を出版しようという熱意と、実現にこぎつけた現代企画室に敬意を表します。本書には、20世紀後半から選んだ、12人の作家による12の作品が収められています。当然、ハイレベルな作品ばかりですが、中でも印象的なものを紹介します。タイトルの後の年は作品発表の年です。
●『少尉の災難ー遠いはるかな地で』1989年(マリオ・デ・カルバーリョ、1944年リスボン生まれ)
ボリス・ヴィアンの戦争の残虐さを描いた傑作『蟻 - しびれ』と同じシチュエーション、舞台をポルトガルがかって行った植民地戦争のアフリカの戦場に設定して、地雷を踏んで足を動かせば爆発するというシチュエーションの一兵士を通して、まったく別の結末を用意しつつ、同じように戦争の残虐さを語った作品です。
●『ヨーロッパの幸せ』2015年(ヴァルテル・ウーゴ・マイン、1971年アンゴラ生まれ、幼少時にポルトガルへ移住)
ヨーロッパ人の視点で語りながらも、表には出ない、ヨーロッパ人が抱える移民への差別意識を、移民である作者が描いています。
●『ヴァルザー氏と森』2006年(ゴンサロ・M・タヴァンス、1970年アンゴラ生まれ)
憧れの森の中に、広大な自宅を建てたヴァルザー氏ですが、いろいろな「職人」が次々とやってきて「修理」を始め、自宅が見る影もなくなってしまうという、コルタサルの『奪われた家』を連想させるシュールな話ですが、直接的には、ヨーロッパ人によるアフリカの自然破壊を寓話的に語ったものです。
●『美容師』2003年(イネス・ペドローザ、1962年リスボン生まれ)
女性美容師がお客の髪を切りながら、自分の過去を語るという作品です。表向きはやさしく美男子の夫との生活の結末は...。最後に、この女性が現在いる場所がなんとなく想像できます。
●『図書室』2014年(ドゥルセ・マリア・カルドーゾ、1964年ポルトガルのトラズ・オズ・モンテス地方生まれ)
数千冊の本に埋まる「図書室」にいる男が、自分を殺しに来た男に向かって、喋り続けます。「図書室」が何かは次第に読者にもわかってきます。
●『東京は地球より遠く』(リカルド・アドルフォ、1974年アンゴラ生まれ、2012年より東京在住)
まぁ、強烈な日本人への皮肉!海外から、日本の常識がどう見えるかを知るには格好の一篇です。
さて、この中からベストを挙げるなら、『少尉の災難ー遠いはるかな地で』と『東京は地球より遠く』になります。念のためですが、「ポルトガル文学」とは言っても、「ポルトガル語文学」であることは、選ばれた作者の出身地からお分かりいただけると思います。
(レビュー:hacker)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」