だれかに話したくなる本の話

『つむじ風食堂の夜』 吉田篤弘著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

なんだろう、この作品。
全体から醸し出される雰囲気、空気感、世界観といったものが、あわあわとしたおぼろな感じて、でも不思議と体に馴染んで心地いいんです。
本の内容云々よりも、現実感があるようなないようなこの作品世界の中で、ふわりと漂う感覚を楽しむことができました。

この作品は、月舟町やそこの十字路にあるつむじ風食堂を舞台に、「雨降り先生」と呼ばれる『私』の視点を通して、その食堂に集う一風変わった常連客の人間模様だったり、『私』の思い出や徒然に湧き上がる思考を述懐するといった内容です。

二重空間移動装置を勧める帽子屋の主人。
電球の灯をオレンジに反映させ、その淡い光のもと読書する果物屋の主人。
なかなか主役が取れず、眉間のシワを深くする舞台女優の奈々津さん。
本に対する深い知識とあくなき好奇心を持つ、ロバート・デニーロのような古本屋の主人。
そんなユニークな面々や『私』とのさらりとした日常の中にある、ちょっとした出来事をきっかけに、若くはない、でも老成しているわけでもない自分自身に想いを馳せたり、「現在」の『私』が、「過去」を振り返ることで気付いた想いだったりといったものが、淡々と少し哲学的に語られています。

手品師だったという先生のお父さんの話。
エスプレーソマシンに抱く幼い頃の特別な想い。
人工降雨という夢について語った時の、学生時代の彼女の反応等々・・・。
『私』のとりとめもない話が、ノスタルジー色をぐっと深め、いつの間にか、今ここではないどこかにある月舟町に誘われていきます。

言葉を尽くして、有りえない世界をリアルに作り出す作品も好きですが、本書は、舞台劇が作り出すその瞬間の儚い世界に入り込むような感覚があって、雰囲気を楽しむ作品という感じがします。

ところで、この作品に抱く私の「舞台を見ているような」といった印象は、雨降り先生の手品師だったお父さんが、舞台で手品を披露するシーンに引き摺られています。
この不思議な感覚、秋の夜長に楽しむにはぴったりの作品です。

(レビュー:あずまる

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
つむじ風食堂の夜

つむじ風食堂の夜

懐かしい町「月舟町」の十字路の角にある、ちょっと風変わりなつむじ風食堂。無口な店主、月舟アパートメントに住んでいる「雨降り先生」、古本屋の「デニーロの親方」、イルクーツクに行きたい果物屋主人、不思議な帽子屋・桜田さん、背の高い舞台女優・奈々津さん。食堂に集う人々が織りなす、懐かしくも清々しい物語。

クラフト・エヴィング商會の物語作家による長編小説。

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