初回はボールが浮きやすい プロ野球スコアラーが語る神宮球場の怪
新型コロナウイルスによる感染拡大を受けて、開幕が延期されているプロ野球。
「待ちきれない」というのがファンの心情だろうが、そんな時こそ野球をもっと深く見るための知見を得てみてはいかがだろうか。
読売巨人軍で、40年間にわたりスコアラーや編成部スタッフとしてチームを支え、2009年のWBCでも、優勝の「陰の立役者」といわれた三井康浩氏は、『ザ・スコアラー』 (KADOKAWA刊)で、プロ野球の世界の知られざる裏側や、野球を見る際のプロの視点、「そこまでやるの!?」と思わずうなってしまうようなスコアラーの仕事の数々についてあますところなく明かしている。
今回はそんな三井氏にインタビュー。自身の体験談や、注目している選手、これまでに出会ったすごい選手について語っていただいた。
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■長嶋茂雄、原辰徳を影で支えた男が語る「スコアラーという仕事」
――私は学生時代に野球をやっていたので、プロのスコアラーについてまったく知らないわけではないのですが、それでも「ここまでやるのか」と驚くことが多かったです。試合前にライン際のボールの転がり方を調べたり……。
三井:それはどこの球場に行っても必ずやります。ライン際での転がり方だけでなく、クッションボールの跳ね返り方とか、バッターボックスの周りの土の部分の硬さなどもチェックします。
伊原春樹さんが監督をやられていた頃だったと思いますが、西武ライオンズと日本シリーズで戦うとなった時に、東京ドームのバッターボックスの周りの土の部分をカチカチに固めておいたことがありました。なぜかというと、当時の西武は先頭打者が出塁したら、かなりの確率でバントをして走者を送ってきていたからです。
――なるほど、バントの打球が死なないようにということですね。
三井:そうです。それでアウトを取った記憶がありますね。だけど、同じようなことを他球団もやっているんですよ。
――どんなことですか?
三井:たとえば神宮球場のビジター側のブルペンって、すごくマウンドの傾斜がきついんですけど、試合のマウンドはどちらかというとなだらかなんです。だからブルペンで投球練習をして試合のマウンドに立つと、ボールが高めに浮きやすい。それをヤクルトの打者はガンガン打つ(笑)。
――プレーボールの前から試合は始まっているんですね。スコアラーは各チーム何人くらい置いているんですか?
三井:他球団のことはわからないのですが、わたしがいた巨人は10人前後でした。チームにずっと帯同する「チーム付き」が2人で、ビデオが1人。残りの6、7人が「先乗り」や「先先乗り」といって、次のカードの対戦相手の試合を見に行く役割です。
一時期は、担当制にして各球団の担当者を決めて一年間張りつくスタイルにしていたことがあって、その時はもうちょっと人数が多かったはずです。
――落合博満監督時代の中日ドラゴンズはすごく情報収集・分析に熱心でスコアラーの数も多かったと聞いたことがあります。
三井:落合さんの時の中日が、さっき言った「担当制」を取り入れた最初のチームだったんじゃないかな? それこそ、キャンプから一年間ずっと自分の担当しているチームを追うという感じです。
――他球団のキャンプには自由に入れるんですか?
三井:入れますが、前もって連絡はしますね。
――室内練習場やブルペンなどはあまり見られたくないはずですが、どこまで見せてくれるんですか?
三井:室内まで入れてくれるところと、そうでないところがあるんです。チームによっては入れてくれませんでしたね。「他球団のスコアラーに見せるな」と。こっち(巨人)は、相手チームのスコアラーにも見せているのに(笑)。
――「先乗り」と「先先乗り」について書かれた個所が興味深かったです。「先乗り」は次のカードの対戦球団をチェックして、主に相手打者の状態を確認する。「先先乗り」は二つ先のカードの対戦相手を見て、先発投手のチェックをするという。
三井:プロ野球の先発ローテーションは一週間で一周するので、「先先乗り」が見ている二つ前のカードで投げている投手が自軍との試合で登板する可能性が高い。そして、「先乗り」が見ている一つ前の球団を見る際は、打者の最新の状態を見極めるという側面が強いです。
――「先先乗り」で投手を見る時はどんなところをチェックするんですか?
三井:配球や投げる球種の割合などですね。「クリーンアップの打者の時はこういう配球をしていた」とか「得点圏に走者がいる時はこう投げていた」「併殺を取りたい時はこう」など、細かいところを見ます。
ただ、前のカードで成功した配球をそのままやってくることもあるにせよ、結局は対戦相手が違えば、違った配球でくるものです。たとえば、他のチームのクリーンアップと、巨人のクリーンアップの打者は違うので、あくまで参考にしかなりません。そのあたりは、できるだけ多くの情報を取り込みながら、傾向を読んでいかないといけないという難しさがあります。
――プロともなると、カウントごとに相手投手がどんな確率で何を投げてくるかといったことまでデータを取ると聞いたことがあります。「ボールが先行した時にどんな球でストライクを取りに来るか」とか。
三井:それは当たり前のようにやる分析作業ですね。ただ、全カウント分の確率なんて打者は覚えられませんから、それはスコアラーが覚えておいて、打者には「打者有利カウント」「投手有利カウント」「フルカウント」「初球の入り方」などに絞ってシンプルに伝えます。
たとえば、松井秀喜は「配球が読みやすいから」ということで追い込まれるまで待つタイプだったので、相手バッテリーは初球、簡単にストライクを取ってくる。だから本人には、「相手は振ってこないと思っているから、初球はアウトコース寄りにストレートがくるよ」と言って、あえて狙わせたりしていました。
――野球はチームスポーツである一方で、プロ野球選手は自分の成績次第で収入が上下します。スコアラーが集めて分析した情報に基づく戦略は試合の中でどのくらい徹底されるのでしょうか。
三井:そこが難しいところなんですよね。ある投手に対してチーム単位で「こういうボールを狙ってこうやって攻略しよう」と徹底しようとしても、「それで打てなかったら給料が下がる」といって嫌がる選手もいますから。
そういう時は、「査定の責任者にかけあって、1打席目は凡打しても目をつぶってもらうからな。だから、頼むからこの方針に沿って打席に入ってくれ」とか言って、なんとかやってもらうように仕向けます。まあ、そんなことは実際には査定担当のかけあわないのだけど(笑)。
――4回、5回くらいの攻撃の前にベンチの前で円陣を作っているところを見かけますが、あのタイミングで相手投手の攻略法を指示しているんですか?
三井:そうですね。打者が一回りして相手バッテリーの配球が変わる潮目なのと、グラウンド整備で時間が取れるのとで、5回の攻撃前に円陣を組むことが多いのです。しかしながら、私はあそこでは大したことは話していませんでした。伝えることのほとんどが、試合前のミーティングで言ったことの繰り返しです。選手からしたら、「そんなのわかっているよ」という感じだったでしょうね。
――三井さんはかなり広範囲にわたってチームに指示を出していたとお聞きしました。攻撃面だけでなく守備面も見ていたんですか?
三井:私はベンチ入りしていましたので、守備位置を守備コーチに指示したりはしていましたね。監督によっては、いまこの場面で求められる守備陣形をスコアラーに聞いてきたりもするので、「前進守備でいきましょう」「ここは中間守備で」というようなことも答えていました。
――ほとんど「影の監督」ですね。
三井:バッティングもピッチングも守備も走塁も、全部知っておかないとスコアラーはできません。どんなことでも聞かれたらパッとアドバイスできるように、というのは心がけていましたし、そういう働きを長嶋さんしかり、原さんしかり、監督たちから求められていました。
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(インタビュー・記事/山田洋介、撮影/金井元貴)