『孤独の意味も、女であることの味わいも』三浦瑠麗著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!三浦さんを初めて見たのは何年前だったか、討論番組でこの人凄いなと思った記憶があります。例えばXというテーマでの議論だとして、Aという論客はXについてある方向から主張し、Bという論客はまた違う方向から主張した場合、お互いがお互いの主張する方向に詳しくない場合に議論が噛み合わない状況になります。その時に三浦さんが綺麗にお互いの主張を整理しXについての議論の方向性について言及したりするのです。
また専門家と呼ばれる人たちはおじさんが多いのですが、中にはあからさまに「女子供は黙っとれ」的な雰囲気を醸し出したり発言したりする方もいます。三浦さんはそのような方に対しても少し表情を歪める程度で動じません。この人美人だし、頭もいいし、肝も据わっているなあ、世の中には凄い人もいるものだと思いました。
今や彼女は討論番組のみならず、バラエティ番組にも引っ張りだこで、外連味のない物言いは論理明快でかつ堂々としています。それは生来能力に恵まれ挫折を知らない真っすぐな人生を生きてきた人なのかと思っていましたが本書を読んでそのイメージはガラッと変わりました。まず彼女の半生で起こったことだけでも、家族との葛藤、いじめ、レイプ、死産、仕事での行き詰まりなどとても順調とは言えないことばかり。
それにもまして、頭が良いだけに普通の人よりも多感または敏感で、それゆえ人間関係や異性との関係において精神的な苦労をかなりされてきたようです。むしろそっちの方が彼女にとっては主な問題なのかもしれません。自分と外界の折り合いをつける闘いを小さい頃から余儀なくされましたが、やっと大人になって結婚し娘も産まれ落ち着いてきたのでしょう。本書は自分史というよりは自分戦記と呼んだ方が良いのかもしれません。
そのような人生経験を経て今このような本を書けるということは彼女なりに自分についての整理ができたということなのでしょう。悲しみのどん底にあるときには悲しい歌は聞けないのと同じで。
本書は決して読みやすいとは言えません。それは彼女の心情の表現が、私が男だということもあるのかピンと来ないものがあるということと、語られるエピソードが時系列になっておらずいつの話なのか分かるのに少し時間がかかるのが原因です。その中でも共感した言葉が
あなた自身を、出来事や外部に定義させてはいけない。あなたのことはあなた自身が定義すべきなのだから。
私事ですが、中学時代、監督の先生が厳しく男女関係なしに容赦なく殴られる部活に入っていましたが、今になってもトラウマというかその先生には会えないという部員が何人もいます。その部員たちは揃って先生は指導ではなく感情的に怒りにまかせて殴っていたに違いないと憤ります。私にとってはどうでも良いことです。なぜならそもそも人の心など分かるわけもないし、そこに拘っても詮無い話だと思うのです。大事なのは先生がどのような人物だったかではなく、結果としてそのような経験を経た後、今の自分があるということだろうと思います。そのような意味で私は先生を好きとか嫌いではなく感謝していると言えます。三浦さんの言葉通り、私に起こったことは私が定義したいと思うのです。
元々私は三浦さんが好きでしたが、本書を読んでますます好きになりました。政治の世界からも誘いがあるでしょうが政治家にはなってほしくないと思います。多分彼女は政治家には向いてないと思うからです。
(レビュー:darkly)
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