だれかに話したくなる本の話

「住所不定無職の新人」赤松利市はいかにホームレスから作家になったか

2018年に『藻屑蟹』で第一回大藪春彦新人賞を受賞してデビュー。
その圧倒的な筆力が注目を集めると同時に、「路上生活の経験あり、定職なし」という経歴から「住所不定、無職の新人」として話題になった赤松利市さんの新刊『ボダ子』(新潮社刊)は、自身の波乱に満ちた半生を描いた私小説だ。

人生から転落してなお女を追わずにいられない男と、女と仕事にしか向かぬ男の視界の外で精神を病んでいく娘。そして東日本大震災の被災地の過酷な実情。

生々しい中に人間の業の深さと人生の悲しみが漂うこの作品がどうできあがっていったのか。そしてなぜ今回、自分自身の生を題材にしたのかを赤松さんに語っていただくインタビュー、後編をお届けする。

(インタビュー前編を読む)

■除染作業員、バスの誘導員、土木作業…異色の作家がデビューするまで

――赤松さんは「住所不定の新人」というキャッチコピーとともにデビューされました。実際に路上生活をされていたとお聞きしましたが、なぜその状態で小説を書こうと思ったのでしょうか。

赤松:バブルで浮かれた生活を20年あまり続けていた会社が破綻して、再起をかけて被災地にいって、土木作業員や除染作業員などを5年ほどやりましたが、それもダメになって逃げ帰ったというのは先ほどお話しした通りですが、その後は東京でお金が続けばネットカフェに泊まり、なければ路上生活をしていました。このまま自分の人生終わるのかなと思った時に、ふと小説でも書いてみようかと考えたんです。

――大変な読書家だとうかがいました。読んできたものの蓄積があるからこそ、書いてみようと思えたのでしょうか。

赤松:それはあると思います。その時にちょうど応募締め切りが一週間後の新人賞を見つけて、2,3日で書き上げて応募したんです。その作品でデビューすることができました。

――あるインタビューで現在は知人の家にいて、もう路上生活はしていないと語っておられました。現在も一応は「定住」されているのでしょうか?

赤松:そこは出ました。

――そうなんですね。では、どこかに家を借りて住んでいる。

赤松:いえ、ネットカフェ暮らしに戻りました。

表紙

――えっ……。

赤松:この小説を書いたタイミングで、「やはり屋根のあるところに寝るのは良くない」という心境になりまして。とはいえ年齢的に路上に戻るのもきついので、ネットカフェに寝泊まりすることにしたんです。

ずっと通っていたネットカフェの本社にお願いして、私だけ月極にしてもらいました。

――そんなことができるんですね。

赤松:普通はできないらしくて、メールでお願いしたのですが即答はできないようでした。結局、私がいつも使っている席を空けておいてくれて、24時間出入り自由ということにしてくれました。めでたくネットカフェ難民です。

――これからも定住はしないんですか?

赤松:しません。こんなゲスな小説を書いた人間が穏便に暮らしちゃいかんでしょう。

――『ボダ子』の物語は、娘を巡る「事件」の後、大西が東京に出てきたところで終わります。それからどんなことをされていたのでしょうか?

赤松:小説の最後にあったように、ポケットに1万円入れて持っていたんです。そのお金で東京に向かって、着いた時点で5千円くらい残っていました。

とりあえず仕事を探そうとネットカフェに飛び込んで、アルバイト募集に100件くらい応募しました。そのうち返事が返ってきたのは3件だけです。

――住所がないということで弾かれてしまうのでしょうか。

赤松:それもあるでしょうが、年齢もありますよね。60歳でしたから。

――返事がきた3件はどんなお仕事だったんですか?

赤松:1件が新宿のキャバクラだったのですが、働くにはスーツがいると言われたんです。持っていないと言ったら、「近くに1万円で作れるところがあるから来い」と。その1万円もないと言ったら「おまえおちょくっとんのか」と言われて電話を切られてしまいました。

2件目は、いわゆるキャッチの仕事で、がんばり次第ではすごく稼げますよ、ということでした。でも最後に「ただし警察に捕まることがあるかもしれないので、そこはご了承ください」と言われて。

――キャッチは違法ですからね。

赤松:そこは了承できないでしょう(笑)。

で3件目が上野で、「和風パブ」とうたっていたものの、実態は「おっぱいパブ」です。そこに採用されて、結局客引きをやっていたわけですが、そこは警察の手入れがあって潰れてしまいました。

――そのあとは転々と。

赤松:もうネットで探すのはやめようと思って、張り紙を貼って募集をかけていた24時間営業のスーパーで品出しとレジをやっていました。ただ、勤め始めてすぐに営業時間が変わって24時間をやめてしまったんです。そうなると稼ぎが少なくなってしまうから、また他を探して、今度はバスの誘導の仕事です。

――バスターミナルでの仕事ですか?

赤松:そうですね。でも面接に行ってみたらやはり年齢がネックになるようで、観光客の大きな荷物を積み込んだり出したりするからきついけど大丈夫かと聞かれたから、体力には自信があると。なんなら英語をしゃべれるから外国人の応対もできると。

――本当なんですか?

赤松:こう見えて帰国子女なんですよ。

――失礼ながら全然そうは見えないです。

赤松:相手もそう思ったらしくて、ちょうど放送用の英語の案内文があったからこれ読んでみてと言われて読んだら「本当にできるんだ」と(笑)。それで採用です。

――今は専業作家として活動されているとお聞きしました。執筆はやはりネットカフェでされているのでしょうか?

赤松:そうですね。一日15時間くらいは書いています。

――すごいですね。集中力が続きますか?

赤松:うーん…。ずっと集中しているわけではないですけどね。ただ追い込みの時期はぶっ続けです。『ボダ子』の改稿の時は36時間書き続けて、さすがに次の日倒れました。

――ネットカフェですから、倒れてもすぐ眠れますね。

赤松:フラットシートですからね。

――これからは色と欲に狂った人間の話を書きたいとおっしゃっていたように、『ボダ子』は赤松さんの作品の転換点になるかもしれません。今後の活動の抱負を教えていただきたいです。

赤松:今のペースで書き続けていければいい。それだけですね。今と同じようにネットカフェで書きながら死ねればええと思います。

(新刊JP編集部・山田洋介)

著者プロフィール
赤松利市さん
1956年、香川県生まれ。2018年、「藻屑蟹」で第一回大藪春彦新人賞を受賞。他の著書に『鯖』『らんちう』『藻屑蟹』。『ボダ子』が四作目となる。

(インタビュー前編を読む)

ボダ子

ボダ子

バブルのあぶく銭を掴み、順風満帆に過ごしてきたはずだった。
大西浩平の人生の歯車が狂い始めたのは、娘が中学校に入学して間もなくのこと。
愛する我が子は境界性人格障害と診断された……。
震災を機に、ビジネスは破綻。東北で土木作業員へと転じる。
極寒の中での過酷な労働環境、同僚の苛烈ないじめ、迫り来る貧困。
チキショウ、金だ! 金だ! 絶対正義の金を握るしかない!
再起を賭し、ある事業の実現へ奔走する浩平。

しかし、待ち受けていたのは逃れ難き運命の悪意だった。

未体験の読後感へと突き動かす、私小説の極北。

この記事のライター

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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