カミュ『異邦人』が好きな理由 村田沙耶香・新刊『地球星人』を語る(3)
出版界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。
第103回目となる今回は村田沙耶香さんが登場してくれました。
村田さんといえば94万部を突破した芥川賞受賞作『コンビニ人間』が知られていますが、最新作『地球星人』(新潮社刊)はそれを超える衝撃作。地球は「人間工場」で、人間は繁殖のための道具。私たちが「普通」だと思っている営みが、村田さんにかかれば奇妙で巨大でグロテスクなシステムの回転に思えてきます。
『コンビニ人間』の芥川賞受賞後、どのような道のりを経てこの作品ができあがっていったのか。そして、作家を志したきっかけや本との思い出などについてお話をうかがいました。その最終回をお届けします。(インタビュー・記事/山田洋介)
■『異邦人』のムルソーは「地球星人」ぶらない
――小説を書き始めたきっかけについてもお聞きしたいです。話によるとかなり早くから書かれていたそうですね。
村田:何を小説と呼ぶかにもよるのですが、一応小学生の頃から書いていました。5年生くらいには確実に書いていて、6年生でワープロを手に入れて、フロッピーディスクに保存してインクリボンに印刷していたのを覚えています。同じ主人公が出てくるシリーズものでした。ただあれを「小説」と呼んでいいのかはちょっとわからないのですが。
――それを友達に見せたり。
村田:友達同士で小説や漫画を見せ合うということはあったのですが、そういう時は「見せる用」の小説を書いて渡していました。「沙耶香ちゃんの小説見せて」と言われたら、友達と同じ名前の子を入れて書いたり。
というのも、子供の友達同士だと絶対褒め合いになるんです(笑)。でも、その輪の中で褒められて満足していたらダメだと思っていて、厳しい目で本当のことを言ってくれる人以外には真剣に書いたものは見せないようにしていました。
――ストイックな子どもですね!
村田:「本当の小説は賞に応募するものだ」というのを何となく知っていたんです。多分、当時読んでいた少女小説のあとがきに「○○大賞に応募してね」というようなことが書いてあったんだと思います。
そういうのを見ていたので、「教室の中で甘やかされて調子に乗っていては小さく終わってしまう」と。今思うとすごく生意気ですよね。荒んだ子どもだったんだと思います(笑)。
――ある程度早い時期から小説家という職業を意識されていたんですか?
村田:意識していました。ティーンズハートで活躍されている井上ほのかさんという作家がいるのですが、その方が高校生でデビューしたというのを知って、それなら自分も作家になれるんじゃないかと思って、中学生の時に賞に応募しようとしたことがあります。
でも、応募しようと思って書くと、どうしても「大人が喜ぶような小説」を書こうとしてしまって、うまくいかず捨ててしまいました。その時に自分が小説を汚してしまったように思えて、それからずっと「応募するために書く」ということができないままです。
――自分の書きたいものではなく、賞のための小説を書いてしまった。
村田:何だか宗教みたいですが、当時は「小説の神様」みたいな存在が物語の世界を支配していて、その存在に捧げるつもりで書いていたんです。だからこそ、大人に喜んでもらうために、彼らが「合格」と判を押すような小説を書くことが汚いことのように思えたんだと思います。
――それからデビューされるまでの間も小説は書いていたんですか?
村田:高校受験もあって一旦ワープロを封印したのですが、封印を解いた時には全然書けなくなっていました。そのまま高校時代は書けずに、大学生になって横浜文学学校というところに通い始めて、そこで宮原昭夫先生に出会ってようやく書けるようになりました。その時には書きたいものも、少女小説から純文学に変わっていました。
その宮原先生が、とにかく名刺代わりに何でもいいから小説を書けと。「小説を書かない人はどんな人かわからないから、ビール飲んじゃ駄目」みたいなお茶目な冗談をおっしゃる方だったのですが、そうやって言われて学校で書いた小説の一つを賞に応募したらそれが優秀作に選んでいただけて、大学を卒業してすぐの頃にデビューできました。
――デビュー作の『授乳』ですね。
村田:そうですね。もともとは横浜文学学校のために書いた小説なんです。
――村田さんが人生で影響を受けた本を三冊ほどご紹介いただきたいです。
村田:一冊目は松浦理英子さんの『親指Pの修行時代』にします。影響を受けたというか、自分の性愛がすごく苦しかった時期に読んですごく救われた気になりました。
主人公の女性の足の親指がペニスになるすごく変わったお話なんですけど、そうならないと体験できないようなことや出会いがあって、がんじがらめだった主人公の世界がどんどん広がっていく。読んでいる私自身もどんどん楽になっていった小説です。
二冊目は、アルベール・カミュの『異邦人』にします。これは大学時代に読んだのですが、完璧な小説ですよね。いつかこんな小説を完成させてから死にたいと思ったのを覚えています。
主人公のムルソーはお母さんが死んでも、そこで人間的に要求される悲しい素振りをしません。なぜかと聞かれても人間っぽいウソをつかない。それこそ「地球星人」ぶらないんです。そこが本当に好きですね。
私自身はそういうところでたくさんウソをついてしまったと思います。そんなに悲しくない映画でも「これを見て泣かない人は人間じゃない」と言われたら、悲しかったとウソをついたことがある気がする。そういうことを決してしないムルソーには憧れます。
――最後の一冊はいかがですか?
村田:山田詠美さんの『蝶々の纏足・風葬の教室』です。純文学を書こうと思ったきっかけになったという意味で影響を受けました。
私は子どものころ少女小説を書きたいと思っていたのですが、山田さんは同じ少女をもっと生々しく書いていました。言葉の美しさにも女の子の魂の美しさにも「生きている」と思わせるものがあって、それは少女小説では書ききれないことだと思ったんです。
この本に衝撃を受けて純文学を書こうと思ったのですが、しばらく小説を書けなくなってしまったので相当強いインパクトがあったんだと思います。
――最後になりますが、村田さんの小説の読者の方々にメッセージをお願いします。
村田:今回の『地球星人』はタイトルから想像するよりグロテスクだったり苦しかったりする物語だと思いますが、ユーモラスなところもあるので、自由な気持ちで楽しんでいただけたらうれしいです。
書いている側も「何だこれ?」と思いながら書いているので、読む側も「何だこれ?」と思うんじゃないかと思います。でも「何だこれ?」の先に、これまで考えたことがないことを考えたり、自分の精神世界の行ったことのない場所に行けたりしたらいいなと思っています。
■取材後記
「埋まっている物語を掘り起こす」「小説の先がどうなっていくのかは自分の手を離れたところにあると思っている」など、村田さんの小説に対する独特の感覚が垣間見える取材でした。
『コンビニ人間』『地球星人』と驚くべき作品を立て続けに世に出した村田さんが向かう先はどこなのか。いち読者として次作が待ち遠しいです。
(インタビュー・記事/山田洋介)
第一回 ■「小説の先がどうなるのかは自分の手を離れたところにある」 を読む
第二回 ■デビューから15年 創作のモチベーションは「知りたい気持ち」 を読む