東京五輪のボランティアが「やりがい搾取」と呼ばれないために必要なこととは?
「東京オリンピック・パラリンピック」のボランティアの募集要項について「条件がブラック企業より酷い」という批判が噴出している。
2018年3月下旬に東京都が公開したボランティア募集要項案では、「東京都が指定する研修会にすべて参加すること」「連続活動期間10日間以上」「東京までの交通費及び宿泊は自己負担・自己手配」と記載されている。もちろん、すべて無償だ。
「やりたい」仕事だから無給、低賃金でいいのか?
ネット上では「総予算が1兆円以上あるのに、1日1万円程度の日給も渡せないなんてどういうことだ」「この国では、ボランティアと書いて無給労働と読む」といった書き込みが相次いだ。批判を受け、6月には「連続活動起案を5日以内にする」「交通費を一定程度支給する」など一部条件が緩和されたものの、それでもなお「東京オリンピック・パラリンピック」のボランティアは「やりがい搾取」の典型ではないかとの声は止む気配がない。
「やりがい搾取」とは、金銭による報酬の代わりに“好き”“やりたい”という気持ちの面での報酬を強く意識させることで、企業や組織が無給、もしくは低賃金での労働をさせることをいう。確かに、「東京オリンピック・パラリンピック」のボランティアは「やりがい搾取」に近いようにも見える。それでも、「一生に一度の機会」とのことで、ボランティアに参加したいという声は多いようだ。
そもそもスポーツなど、一見華やかに見える世界では、やりがい搾取が生まれやすい土壌があるという。
プロバスケットボールチーム「千葉ジェッツふなばし」代表の島田慎二氏は、2012年の社長就任以降、バスケットボール経験がないにもかかわらず破産寸前だった同チームを約6年で観客動員数日本一、天皇杯連覇に導いた人物。
その島田氏は著書『オフィスのゴミを拾わないといけない理由をあなたは部下にちゃんと説明できるか?』(アスコム)のなかで、「やりがい搾取」の現実を目の当たりにした際の驚きを率直に語っている。
島田氏が社長に就任した当時の「千葉ジェッツふなばし」の運営会社の労働環境は劣悪そのもの。しかし、社員のモチベーションは高く、連日遅くなろうが、休みがなかろうが、泊まり込みになろうが、平気な顔で仕事をしていたとのこと。
スタッフはみな、バスケ好きなメンバーばかり。「バスケには夢があります」「バスケの競技人口もファンも実は多いんです」と目を輝かせながら話していた。ただ、やみくもに長時間頑張るものの、結果に結びつかず、低賃金、長時間労働が常態化していたという。社員はやがて疲弊していき、労働意欲も下がり、収益も悪化するという悪循環に陥っていた。
そもそもが、バスケ好きが集まってできた組織。悪意はなかったかもしれないが、「好きなことをやっているんだから、ぜいたくは言えない」という論理が透けて見えたという。
この悪循環を抜け出すために、島田氏がまず行ったことは「残業の禁止」。それだけだと、仕事が滞ってしまうので、生産性を上げる組織に生まれ変るための改革を行った。それが、結果を出した分だけ給与を上げる、ということだった。
労働に見合った対価を与えることで、仕事への意欲も生まれ、効率化が進み、利益の生まれる組織体質へと変貌を遂げることができた。長時間労働で疲弊していた社員たちも、十分な休養をとってリフレッシュして、さらに前向きに仕事に打ち込むようになったという。
ボランティアを軽視すれば大会運営に支障が出る
「好き」「やりたい」という気持ちだけでは、意欲的に取り組むといっても限界がある。
韓国の平昌冬季五輪では、ボランティア向けの宿泊施設の環境が劣悪で、大会前に約2000人のボランティアが離脱した。またブラジルのリオデジャネイロ大会では、5万人いたボランティアのうち、約1万5000人が途中で会場に現われなくなった。リオのボランティアにはユニホームのTシャツが配布されたのみ。食事と交通費は自己負担だったようで、その結果、大会運営にまで支障が生じかねない事態を招いた。
2020年の真夏の東京は、過酷な現場であることは間違いない。島田氏の例にもあるように、きちんとした報酬を約束することは一つの手だろう。ボランティアという前提のため、日当などの支払いが難しいのであれば、条件面での整備をより進めるという方法もある。今後の状況は予断を許さないが、ボランティアの人々が気持ちよく働ける環境を整えることが、五輪の成功のための一つのカギになるのはまちがいない。
(新刊JP編集部)