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【「本が好き!」レビュー】『東欧サッカークロニクル』長束恭行著

提供: 本が好き!

「東欧」ではなく「中欧」と呼ぶのがトレンドだろう。しかし、現代サッカーの中心はドイツ、イタリア、スペイン、イングランドなどの「西欧」であり、本書が紹介する旧ユーゴ、バルト3国などの場末感はたしかに「東欧」と呼ぶにふさわしい。
 実際に扱われるのは、上記に加えて、ジョージア、ウクライナ、ポーランド、フィンランド、ギリシア、キプロス、そして東欧とは言えないアイスランド。多くは政治や民族に関わる悶着を抱えた国だが、そこでも懸命にプレイする選手たちと、おらが街のチームを素朴に応援する人々がいて、各国独特のサッカー風土があらわれ、国民性も垣間見える。

 たとえば、ラトビアのクラブ、メタルルグスのサポーターはロシア系住民とラトビア愛国主義者の2つに分裂している。
 バスケットボールが盛んでサッカーはマイナーなリトアニアの子供は誰でもバスケ選手に憧れ、身長が足らない子だけが止む無くサッカーに転向する。
 ポーランドの国内リーグではサポーター同士が協定を結び、互いに入り混じって応援しあう「友情試合」がある。その協定関係は複雑で、逆に「不倶戴天の敵」と呼び合う関係もある。

 重いのは、国家が国際承認されておらずFIFAに加盟できない地域の話題だ。選手は祖国の代表としてプレイできないばかりか、クラブチームもチャンピオンズリーグなどに参加できない。
 その1つ、コソボのミトロヴィツァでは、アルバニア人とセルビア人がいまだに対立して、街の南北に存在する両民族のチームが試合を行えない。
 経済の躍進目覚ましいキプロスの北側は未承認国家の北キプロス・トルコ共和国で、南側でも右派と左派の対立が激しくクラブチーム同士も敵対している。どれほど憎み合っているかを筆者に尋ねられた記者が「日本と中国の関係みたいなもの」と答えるのは、アジア杯で日本に負けて暴徒化した中国の観衆を見たのか。

 そうした未承認国家の1つ、沿ドニエストル共和国へ、クロアチアのチームのサポーターとして遠征した体験が、実は本書の核だ。
 筆者はクロアチアの首都ザグレブに住み、ディナモ・ザグレブのファン歴10年という。きっかけはチームと応援のエネルギーだと言うが、このサポーターは凶悪さで欧州中に名をとどろかすフーリガンだ。プラハでは警官隊と市街戦を演じ300人以上が逮捕され、ウディネでは発煙筒とロケット花火を次々に放ち試合を一時中断させる始末だ。日韓ワールドカップに向かったが、日本で入国拒否された強者も筆者の友人だ。

 このディナモ・ザグレブがチャンピオンズリーグの予選で、沿ドニエストル共和国のシェリフ・ティラスポルと遠征試合をすることになった。
 旧ソ連のモルドバ共和国にはルーマニア系の人々が多く、スラブ系の人々が分離独立を求めて生まれたのが沿ドニエストル共和国だ。駐留するロシア軍のおかげでモルドバ政府は手出しができず、1990年の独立宣言以来、実効支配を続けているが、そのロシアでさえ国連で承認していない典型的な未承認国家だ。
 クラブ名のシェリフとはこの国の経済をほぼ独占する財閥の名で、大統領の息子も経営者に名を連ねている。武器や麻薬の密輸で得たともいわれる豊富な資金でチームを強化し、モルドバリーグに留まっているのは、チャンピオンズリーグなどへの出場機会を得るためだという割り切りっぷりだ。
 つまり、民族問題がくすぶるクロアチアのフーリガンと、民族問題そのもののような未承認国家へ遠征するという悪趣味な旅を、筆者は敢行する。

 フーリガンの中でも濃いめの奴が30人、4台のバンに分乗し、クロアチアからハンガリー、ルーマニア、モルドバ、計1400kmを越えて試合会場を目指す。
 国境を越える度に現地ビールを大量に買い込み、車内でサポーターソングの大合唱、かと思えば各地での武勇伝を披露してディナモへの愛を確かめ合う。
 英語が通じないルーマニアでは支払い以上のビールを持ち込んでしまい、モルドバ国境の長い検問ではトイレが我慢できない。モルドバに入れば、売春とマリファナを売り込む警察に辟易し、スピード違反は賄賂で解決だ。
 意外にも沿ドニエストル共和国への入国は簡単だが、会場への入場は、さすがに警戒されて厳しい荷物チェックの上、現地の観客とは完全に隔離される。
 スタジアムの中に色気ムンムンのクロアチア女性を発見し、なぜこんな僻地まで来たのか疑問がるが、「売春婦としてここで働いてんじゃないか」という結論で皆が納得する。
 どうしようもない連中で、無軌道な珍道中ぶりには笑うしかない。帰路も同様で5日をかけた弾丸ツアーは無事終了した。試合結果? えーと、1-1の引き分けだった。

 こんな彼らはただただ街のチームをサポートするだけで、難しいことはこれっぽっちも考えていないだろうが、行動におのずと国民性があらわれ、同時に、いつの間にか国際性も示している。大国周辺の中小国の人々ほどインターナショナルだ。だから、サッカーを語るだけの本書も自然に国際性を帯び、それがサッカーの面白みでもある。

※巻末の筆者略歴を見て驚いた。「1997年、名古屋生まれ。--銀行に勤務していた
1973年、海外サッカー初観戦--」とある。何歳でサッカーを観たのか。さすがに
カバーの略歴は改まっているが、こんなところの誤植は初めて見た。

(レビュー:kolya

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東欧サッカークロニクル

東欧サッカークロニクル

クロアチアからアイスランドまで、東欧を中心に16の国と地域を巡った渾身のルポルタージュ。

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