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【「本が好き!」レビュー】『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』アンジー・トーマス著

提供: 本が好き!

本書のストーリーは実際に米国であった有名な事件をもとに作られたといいます。だからその事件のことをここで書いてもネタばれには当たらないでしょう。

その事件は2016年の7月6日にミネソタ州で起きました。恋人を載せて運転中だった黒人のフィランド・カスティールさんは警官に、「テールランプが壊れている」といって停車させられ、免許証を取ろうと手を伸ばしたところをいきなり射殺されてしまったのです。続けて4発撃たれたといいます。僕はちょうどこの直後に米国出張で、空港の待合室のTVでこのニュースを観て驚きました。威嚇射撃もなく、急所を外すでもなく、いきなり4発撃って射殺するなんて、まるで無法地帯だ。当時のTVニュースでは、同乗者の恋人が撮影した生々しい動画が放映されていました。

でもこれは米国では合法なのです。警官が自分の身を守るためだったと言えば。このTVニュースに呆然としている僕に、一緒に出張していた米国駐在経験のある日本人が、米国では毎年多くの警官が銃で撃たれて殉職していると言いましたが、それがこの警官の行為を合法化している根拠なのでしょう。銃社会の「悪」はものすごく根が深いのです。

この本の著者が若い読者へアピールしたいのは、人種差別を容認しないこと、抗議すべき時には声を挙げることでしょう。ですから銃を使うこと(暴力)を勧めている訳ではないのですが、僕にはこの小説から人種差別と銃社会の「悪の連鎖」が見て取れる気がするのです。米国で銃規制が進められないのは、ライフル協会が強いからではなくて、白人が黒人を恐れているから、つまり人種差別があるからではないかと僕は感じています。

この小説の冒頭のシーンでは、主人公の黒人の女子高生が女友達に連れられていった、ゲットー(黒人居住地域)の高校生のパーティーでいきなり銃による殺人がおきます。その場に居合わせた幼馴染の男の子の車で会場を脱出した主人公は、警官に車を止められ、目の前で幼馴染が射殺されるのを目撃します。

その後、この小説では大陪審で主人公が唯一の目撃者として証言し、13週間後に大陪審が警官を訴追しないこと(無罪)を決定し、その結果の抗議行動と暴動、略奪が起きる様子が描かれていきます。

この小説には白人の大人はほとんど登場しません。もっぱら黒人のコミュニティを中心に物語は進行しますが、主人公の通う私立高校(黒人生徒は二人しかいない)では白人のボーイフレンドや、白人とアジア系の女友達が登場します。この二人の白人の同級生の、警官による射殺事件への態度は正反対です。この辺りもアメリカ社会のリアルを感じさせます。

リアルなアメリカといえば、僕はこの十数年間に5回ほど米国へ出張し、企業や大学を訪問したのですが、そこで会ったり名刺を交換した教授、ポスドク、企業の経営者、技術者の中には黒人は一人もいませんでした。20~30名には会ったはずですが、その中に一人もいないのは確率的にちょっと不自然です。日本の会社で女性の幹部社員が少ないのと似ていて、何らかの差別的なハードルがあるのだろうと思われます。

ところで、主人公の女子高生は名前をスター(星)といい、母親は病院の看護師長で母方の叔父は刑事ですが、父親はもとギャングでスターの幼児期は服役しており、その間は刑事の叔父が父親代わりだったという生い立ちです。彼女の家はまだ母親が育った黒人居住地域(ゲットー)の中にありますが、一方の叔父の家は郊外の、フェンスで囲まれた中産階級の住宅地にあり、主人公の私立高校の生徒もそこの住人です。こうして主人公のスターは「二つの社会」を自由に行き来する存在として描かれています。

僕がこの本を読もうと思ったのは2016年の事件の印象が強かったからですが、もう一つの理由は僕の奥さんから、彼女の大学時代の恩師のN先生の話を聞いていたからです。N先生は(もう亡くなりましたが)1960年前後に米国へアメリカ政治史の研究のため留学中に公民権運動に出会い、運動に参加するようになったそうです。奥さんの大学時代の講義では、デモ隊と警察とが撃ち合いになり、先生もライフルを持って立てこもったという話で盛り上がったそうですが。

小説の中では主人公の元ギャングの父親はブラック・パンサー党の支持者で、マルコムXの肖像を家に飾っています(彼が豚のベーコンを食べないのは、信奉するマルコムXがイスラム教徒だったからでしょう)。主人公も両親ももちろん公民権運動以降の生まれですが、黒人の開放を求める運動は今でも続いているというメッセージがこの小説には込められているはずです。

(レビュー:三太郎

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ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ

ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ

アメリカの社会問題を浮き彫りにする一作。

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