若手注目作家は「決めセリフ」を書かない 小山田浩子 新刊『庭』を語る(1)
気取りのない率直な文章を辿っていくと、いつの間にかどこかわからない未知の場所にいる。どこにでもある日常の描写が気づくと裏返り、異世界が口を開けている。
小山田浩子さんの小説にはこうしたマジックがある。そのマジックはデビュー作の「工場」や、芥川賞を受賞した「穴」で高く評価されてきた。
この特異な才能が存分に発揮されているのが、今年3月に発売された新刊『庭』(新潮社刊)である。
ありふれた田舎の風景や動植物、生活音、人の声が、何かとてつもなく奇妙でおもしろいものに変わっていくこの短編集について、小山田さんご本人にお話をうかがった。
(インタビュー・文/山田洋介)
■笑わせようと思って書いたのに…編集者からのきついひと言
――『庭』は、デビュー作の『工場』、芥川賞受賞作『穴』に続く三冊目の著作となる短編集です。本になってから読み返されたりはしましたか?
小山田:はい。収録作品で一番古いのは4年前のものなので、今読み返すと何だか変な感じです。
――個性的な小説を書かれる小山田さんですが、自分で自分の作品を読み返すとどんな感想を持つのでしょうか。
小山田:「どうしてこんなことが書いてあるんだろう」と思うことはあります。大筋は覚えていても、書いていた時の感覚までは覚えていないので、「ここでこの人がこんなことを言うの?」とか「こんなものについて書いていたんだ」ということで驚いたりはしますね。
これは書いた時期によるものではなくて、比較的新しいものでもそうです。
――執筆する時のアプローチは「自分で読んで面白い小説を」というものですか?
小山田:もちろん、自分で読んで面白いというのは大事なことですね。でも変に一生懸命というか、「こういうことを書こう」と狙いを持って書くとあまり面白くならないことが多くて、途中でやめてしまったりしたことが何度かあります。
――確かに小山田さんの文章は力みがなくて自然体なのが大きな魅力です。でも、読み進めていくといつの間にか変なところまで連れて行かれて、狐につままれた気持ちになります。
小山田:それはうれしいです。たぶん、読者の方だけではなくて、作中の語り手も戸惑っているんじゃないかと思います。
文章については、「このフレーズが書きたかった!」みたいなのはあまり好きじゃないんですよね。
――そういう「決め台詞」のようなものは避けるんですか?
小山田:避けますし、たまに書いてしまった時は後で取ります。ところどころで決めフレーズを書くのではなくて、極力最初から最後まで等質な文章を書きたいと思っています。
――力まず、気取らず、という。
小山田:気取った文章を書くだけの資質はないですけどね(笑)。前と比べて文章がミニマルになっているということはないのですが、『穴』を読み返したりすると、「ここは今なら削るな」と思うところもあります。感情にまつわる言葉をあまり書きたくないんでしょうね。
――後で削るにしても「言ってやったぜ」みたいなセリフを書きたくなることはないんですか?
小山田:それはありますし、「ここでちょっと笑わせたいな」とか「おもしろい感じを出したいな」と思うこともあります。
でも、一度それで笑わせようと思って書いたら、編集者の方にコメントで「すべってる?」「取っては?」と書かれたことがあって。
――それはきつい……。
小山田:それ以来、「すべってる?」と書かれるようなことはもう二度とやらないと(笑)。たぶん、意図的に笑わせるというのは私には無理なんです。
笑わせることに限らず、意図を自覚して書いている文章は後で削ることが多いかもしれません。
――「等質な文章を」という意識のせいか、地方都市や田舎といった情緒的になりがちな場所が作品の舞台になることが多いにも関わらず、どこかクールな印象も持ちます。
小山田:おじいさんが出てきてしゃべったりすると、それはもう否応なく情感が生まれてしまいますが、地の文の語りは極力ウェットさを抑えて書きたいと思っています。
語り手が何か変なものを見たとしたら、私はその描写だけをして、「変なもの」への感想や突っ込みのようなものはあまり書きたくないというのは好みとしてあります。
――個人的にはどこか怪談めいたテイストのある「彼岸花」が印象的でした。
小山田:「彼岸花」は語り手の「結婚前」と「結婚後」で二つのパートに分かれているんですけど、結婚前の方を書いたところで終わらせ方がわからなくなってしまって、一度置いて寝かせておいた作品です。
しばらく経って私が妊娠している時に、急に一つ短編を仕上げないといけなくなったことがあったんです。出産予定日が近くて、状況的にゼロから書くわけにもいかず、それならということで書きかけの作品を出してきて、後半の「結婚後」のパートを書きました。
後でメールを調べたら出産の一週間前とかに完成していて、相当ギリギリまで書いていたみたいです。その切羽詰まった状況が、後半の嫌な感じに出ているのかもしれません。
――「母乳を目薬の代わりに眼に垂らすとものもらいに効く」というのは本当なんですか?
小山田:その話は以前に誰かから聞いた話だと記憶していて、たぶん私の祖母から聞いたのではないかと思っていたのですが、先日別の取材でその話をしたら、その場にいた方が「壺井栄の小説にそんな話があったような」と言っていたんです。
壺井栄なら私も読んでいましたから、もしかしたら祖母から聞いたのではなくて、壺井栄の本で読んだのかもしれません。
(後編につづく)