だれかに話したくなる本の話

南スーダン日報隠蔽問題 現場入りしていた記者「現地のことが伝わっていないと感じた」

かつて、ここまで日報が国民の注目を浴びたことはないだろう。その焦点は「戦闘」という言葉にある。イラクにしても、南スーダンにしても、自衛隊の派遣されている場所に「戦闘」が起きていたとすれば――。

自衛隊が派遣された南スーダンの現場で何が起きていたのか。ノンフィクション『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社刊)は、隠蔽問題発覚のきっかけを作ったジャーナリスト・布施祐仁さんと、南スーダンに入りその現場を丹念に取材した新聞記者・三浦英之さんが、日本と南スーダンから問題の真相を伝えている。

今回、4月3日に東京・恵比寿で行われた本書のトークイベントの前に、三浦英之さんにお話をうかがうことができた。

南スーダンは、2013年にサルバ・キール大統領と、副大統領職を解任されたリエック・マシャール氏の権力・石油利権争いにより、内戦が勃発。泥沼化した末に、2015年8月に和平協定が結ばれたが、それはあまりにも脆弱な協定だった。
2016年7月、首都ジュバで大規模な衝突が発生。当時、ジュバでは約350人の陸上自衛隊の施設部隊が活動していた。このような状況でも日本政府は「南スーダンで武力紛争が発生しているとは考えていない」という見解を示していたのである。

三浦さんは南スーダンでどのような光景を見てきたのだろうか?

「森友公文書改ざんと南スーダン日報隠蔽、重なる2つの問題と民主主義の危機」布施祐仁さんインタビュー
南スーダンで自衛隊が見ていたはずの「戦闘の現場」 新聞記者が語るその過酷な現実(イベントレポート)

■「現地からジュバで起きていることがちゃんと伝わっていないと思っていた」

――三浦さんはこの本で、南スーダンの現場をレポートされています。当時の現場の状況はどのようなものでしたか?

三浦:自衛隊が駐屯していたジュバでは、政府軍と反政府勢力による大きな戦闘が2度起きています。僕が首都・ジュバに入ったのは反政府勢力が駆逐された後で、政府軍しかいなかったため、(ジュバでは)起きていた現実が見えにくい状況がありました。

そこで、ジェノサイドが行われていると指摘されていた地域に向かい、どのようなことが起きているのか見てきたところ、政府軍の兵士による虐殺や性犯罪が繰り広げられている現実がありました。

――南スーダンでの取材で危険を感じたことは?

三浦:何を危険ととらえるのかは人それぞれですが、僕が取材で入った場所では戦闘が起きているわけではないので、銃撃戦の流れ弾で死ぬといった不安はありませんでした。ただ、南スーダンには安全な場所はほとんどありませんし、子どもたちを含めて銃を持っているので、いつ戦闘が起きてもおかしくない状態ではありました。

――三浦さんは最近まで朝日新聞のヨハネスブルグ支局にいらっしゃいました。日本の「日報隠蔽問題」は知っていたと思いますが、どのように見ていましたか?

三浦:なぜジュバで起きていることがちゃんと伝わっていないだろうという焦燥感のようなものがありました。なぜ政府は事実と違うことばかりを国会で公表しているのだろうかと。

――現地の状況がわからないまま議論が進んでいるのでは、と。

三浦:そうです。ただ当時、外務省から出される南スーダンの危険度はレベル4で、退避勧告が出されていました。僕ら記者はそういう状況でも事実を報道するために入っていくわけですけど、一般の日本人はやはり難しいですし、自衛隊や大使館も取材に応じないので、正しい情報はなかなか伝わらないんです。正しい情報を得たいならば、高いリスクを取ってでも、現場に出向いていく必要があります。

――現地の取材でカメラを持ち歩くだけでも目立ちそうです。

三浦:南スーダンでは原則、外でカメラを構えたりしません。すぐに秘密警察や軍がやってきて身柄を拘束されたり、カメラを募集されたりしてしまうからです。だから基本は隠し撮りです。ジュバ以外の周辺都市で街中を歩いているときが一番緊張します。安全を確保できるものが何もないので。

――共著者の布施祐仁さんとは最初、SNSを通じてやりとりをされていたそうですが、布施さんについてはどのような印象を持たれていましたか?

三浦:SNSの良いところは、その人がどんな知識を持ち、どんな問題理解力を持っているかが見えるところです。ツイッターへの投稿をさかのぼっていけば、どんな仕事をしてきたのか、どういう発言をしてきたのかが分かりますよね。

その中で布施さんは知識だけでなく、英語力、取材能力ともに優れている。自衛隊や安全保障に関していえば今の日本を代表しうるジャーナリストだと思い、ずっとツイッターをフォローしていました。

――ツイッターで布施さんの名前を出してエールを送っていましたね。

三浦:そうですね。僕は大きな組織に所属しながら記者活動をしていますが、やはりジャーナリズムは想像以上にお金がかかるものなんです。海外に出張し、時には傭兵なんかも雇って身の安全を守る必要がある。でも、布施さんはフリーとして活動をされ、今回のような民主主義の根幹に関わる問題を組織に頼らず一人で追及されてきた。その活動はやはり尊敬に値するものだと思っています。日本のジャーナリズムの歴史に残る、非常に大きな仕事だと思います。

かつては田中金脈問題を立花隆さんが暴きましたし、オウム事件では江川紹子さん、在特会問題では安田浩一さんと、大きな問題が世の中を揺るがしたときに、日本では必ず個人で問題を追及していく立役者が出てきます。今回の日報隠蔽問題は布施さんがその立役者でした。

――本を一緒に書きましょうと声をかけたのは三浦さんですか?

三浦:そうです。実は最初、自分は書かなくても良いと思っていたんです。日報という大切な公文書を隠蔽して政府が好き勝手に政策を進めるという、考え方によっては今後も繰り返されそうな問題だったので、一連の経過はしっかりと本に残すべきだと考えて、僕が出版社に取り次ぐ形でやろうと思っていたんです。

ただ、書籍化を進める中で、特に南スーダンで何が起きていたのかというパーツについては、僕もお手伝いをした方が読んでいただく方にも全体的な構図が分かりやすくなるのではないかと思い、結果的には布施さんをサポートする立場で私も執筆に加わることになりました。

――先日布施さんにお話をうかがったときに、日本はこれまでのことを検証できていないという指摘がありました。その意味でも、こうした本が出るということに価値がある。

三浦:全くその通りです。イギリスの場合、イラク戦争は正しい戦争だったのかを検証して、次の経験に活かそうとしています。でも、日本の場合は政権の維持のために検証できないような状況になってしまっている。一体何が悪かったのか、何が良かったのか、どうすればよかったのか、そういったことが後世に受け継がれないんですよね。

そうなると国自体が弱くなっていきます。その検証を政府がしないのであれば、僕らジャーナリストがやりましょう、と。

――本書が出版されたことのゴールはどこにあると思いますか?

三浦:サブタイトルに『南スーダンで自衛隊は何を見たのか』とついています。僕は現地で自衛隊が何を見たのかを必死に突き詰めようとしましたし、布施さんも日報を開示請求し、何で起きたのかを内部文書で明らかにしようとしました。

現地に行けば戦闘が起きていたことが分かりますが、やはり本当の内実まではわからない。次の段階は、実際に当時自衛隊の幹部が何を見て、どういう指示を出し、どういう命令系統で、何を考えていたのかを検証することです。そこがこの本が出版されることのゴールで、UNMISS(国際連合南スーダン派遣団)からどんな指示が飛び、何が起きていたのか、それをどう統括していくか。その議論のきっかけになる本だと思っています。

――それが、日本のPKO派遣の25年を振り返ることに直結しそうですね。

三浦:そうですね。カンボジアから南スーダンまで。PKO派遣が途切れている今だからこそ、それらの問題を検証する良い機会だと思います。

(了)

日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

政権を揺るがした「南スーダン日報問題」の内実に、気鋭のジャーナリストが連帯して挑む、調査報道ノンフィクション。

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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