【「本が好き!」レビュー】『メゾン刻の湯 』小野 美由紀著
本書のタイトルにある「刻の湯」とは、銭湯の名前である。別に温泉というわけではなくいたって普通の銭湯だ。今では各家庭に内風呂が普及しているので、銭湯はどんどんなくなりつつあるが、昔は風呂のない家も多かったので、そういった家の人は銭湯に行っていた。
思い起こせば、私が学生のころ、学生用アパートというのは風呂なしというのが普通のスペックだった。だから学生たちは銭湯に通うか、夏場だったら水浴びをして済ますかのどちらかだったと思う。もちろんエアコンなしの扇風機だけというのが普通。京都の夏はとにかく蒸し暑く、涼を求めて図書館などに避難したものである。ところが今は、学生でも風呂付エアコン付きのところに住んでいるからまさに隔世の感。世の中も変わったのものだ。それとも、子供たちが贅沢になり過ぎたのか。
それはさておき、この刻の湯にはいろいろな人が出入りしている。まず刻の湯側から紹介すると、オーナーの戸塚、実質銭湯を切り盛りしている元IT企業で名が売れたアキラを筆頭に、とにかくあれが好きなビッチな女の子・蝶子、女装趣味の男性・ゴスピ、小さいころの事故が原因で片足が義足のなかなか感じのいい青年・龍くん、ヘンな商売にひっかかり、どんどん訳の分からないグッズが増えていくマツダなど。主人公で語り手でもある湊マヒコも、そこそこの大学を出たがどこにも就職できずに、幼馴染の蝶子の紹介でこの銭湯にころがりこんだ一人だ。
客も、プロ漫画家のトミタや見事な刺青をしている〇〇組(実は組と言っても建設会社)のマサ。脱衣所にうんこを落としていく徘徊老人など・・・。でも刻の湯は、常連たちにはなかなか愛されているようだ。しかしそんな刻の湯に廃業の危機が迫る。
刻の湯を存続させるためにクラウドファンディングという手段を持ち出したり、それが週刊誌記事をきっかけに起きた有象無象のネット民により炎上するというのもいかにも現代社会らしいと言えるだろう。最近は、何事も自分の頭で考えず、人の尻馬に乗るような連中が多いというのはネット社会ならではのことだろうか。
いやこれは昔からあったのだ。マスコミに踊らされておかしな世論が誘導される。この作品においては、そんな記事を書いた記者はある人間から金を握らされていたという設定だ。そのようなマスコミの無責任さいやらしさも本書は糾弾しているように思えるのだが。
(レビュー:風竜胆)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」