だれかに話したくなる本の話

繰り返される“隠蔽問題” 「自衛隊海外派遣の25年を検証すべき」

2017年7月28日、当時の稲田朋美防衛大臣、黒江哲郎防衛事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長の3人が揃って辞任した。
南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽疑惑について、防衛省・自衛隊の幹部らが組織ぐるみで隠蔽に関与していたことの責任を取ってのことだった。

その問題の全貌をうつし出す『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社刊)は、日本で日報隠蔽問題を追いかけるジャーナリスト・布施祐仁さんと、アフリカから南スーダンの現場を伝える朝日新聞記者・三浦英之さんの2人によって書かれた一冊だ。

隠蔽問題の実態とは? 自衛隊が現場で見ていたものとは? そして、日本はどこに向かおうとしているのか? 著者の一人である布施祐仁さんにお話をうかがった。

稲田朋美とは一体どんな人だったのか? そして、この本でフォーカスしたかったという「日本の国際貢献の暗部」とは?

(聞き手・文・写真:金井元貴)

前編「森友公文書改ざんと南スーダン日報隠蔽、重なる2つの問題と民主主義の危機」を読む

■稲田朋美は「現実を自分の中で作り変えてしまう人」

――公的な情報は開示される然るべきものだと思いますが、本書を読んで改めて「隠蔽」という問題の重大さを実感しました。

布施:そうですね。でも、そもそも文書が開示されても、情報がほぼ真っ黒という、いわゆる「のり弁」のケースも多いんですよ。ただ、そんな中にも黒塗りされていない部分もあって、そこに世に出ていない事実があったりもするので、複数の文書を請求して、つなぎ合わせていくことで新たなことが分かってくるということは結構あります。

――今回の「日報隠蔽」では開示請求をした布施さんよりも先にマスコミに発表されてしまうというケースもありましたが…。

布施:さすがにムカつきましたね(笑)。驚きました。

――稲田防衛大臣(当時)はどんな人だと思いますか?

布施:これは本にも書いていますが、「こうであってほしい」という願望が先走りすぎて、現実を自分の中で作り変えてしまうところがあると思います。つまり、イデオロギーが強い人ということですね。

誰もが「こうであってほしい」という願望を持っていますけど、僕たちジャーナリストはそこに捉われると危ないということを分かっているので、自分の考えにとって都合の悪い情報も排除せずに、冷静にファクトを積み上げて精査していきます。でも、稲田さんは、ファクトを積み上げて結論を導くのではなく、まず結論が先にあって、それに都合の良い情報だけを採用し、都合の悪い情報は排除してしまう傾向があるように思います。

日報問題が起きている間に、森友問題でもやり玉に挙げられていましたよね。過去に籠池(泰典)さんの弁護士をしたことがあるかどうかで、最初は「ありません」と否定したものの、以前に代理人弁護士として法廷に立ったことがあるという記録が出てきた。これも象徴的な出来事です。
ちゃんと調べてから否定すべきなのに、最初から「ない」と思い込んで否定してしまうから虚偽答弁だと批判される。

稲田さんが辞任しないといけなかったのは、隠蔽問題を通して浮かび上がった「事実を客観的に見ることができない」という人物像が大きかったと思います。このことは国防にとって致命的で、国の安全保障は徹底したリアリズムでなければいけません。主観的な願望が先行すると、「神風が吹く」と信じて無謀な戦争に突っ込んでいった戦前の日本のようになってしまいますからね。それは稲田さんだけの問題ではなく、政権全体に言えることでもありますが。

――辞任する時まで「結果的に全て日報を提出したから隠蔽という事実はない」と言うのも、らしい発言ですよね。

布施:本来、開示しなければならない公文書を意図的に開示しなかったのですから、これは隠蔽以外の何物でもありません。結果的に開示したのだから隠蔽ではないという理屈が通ったら、泥棒しても盗んだ品を返せば罪にならなくなってしまいます。
政府も議論をすり替えるところがあって、都合の良し悪しに関わらず事実を国会の場に出して議論すべきなのに、日報が見つかったときに政府は法律論でかわそうとしました。南スーダンの実態がどうか、ではなく法律の解釈の問題である、と。こうなるとロジックも何もなくなって、単純に言葉の解釈の問題になりますからね。

――こうした隠蔽体質は今後改善していくのでしょうか?

布施:簡単ではないと思います。防衛省・自衛隊では、これまでも様々な隠蔽事件が繰り返されてきました。そのたびに「再発防止策」がとられましたが、また今回のようなことが起こってしまうのです。ただ、今回の日報隠蔽は、防衛省・自衛隊の「隠蔽体質」で片づけてはならないと思っています。
元々の隠蔽体質に加えて、自衛隊海外派遣と憲法9条の構造的な矛盾や、先ほど述べたような安倍政権の強権的な性格も重なり、「日報隠蔽」という大きな問題に発展したのではないかと思います。

自衛隊の任務である国防もそうですし、政府の政策は国民の理解や支持を得てこそです。そのためには事実をまず提示して、国民の理解を得るというプロセスを経ないと強いものにはならないんじゃないでしょうか。

――国民全体が納得できてないままになっていますからね。

布施:自衛隊の活動に関する政策決定は人命が関わるものです。本来、国民に公表されるべき情報が違法に隠蔽されたり改ざんされたりして、後から「実はこうでした」というのは通用しません。

だからこそ変えていかないといけないけれど、稲田さんの大臣辞任に至る経緯の終盤には「そもそも日報は公開すべきではない」「自衛隊は普通の役所じゃない。情報公開法の対象から外すべきじゃないか」といった乱暴な議論も出ていました。また、2014年には特定秘密保護法ができるなど、「情報を出さない」という傾向が強まっているように思います。その部分は懸念していますね。

■カンボジア派遣から25年。今こそ検証すべき

――この本を読むと、カンの良い方は1992年の自衛隊・文民警察のPKOカンボジア派遣を思い出すのではないかと思います。あのときもカンボジアは内戦状態であったにも関わらず、政府は「停戦合意は崩れていない」という見方をしていました。

布施:本当にその通りで、この本を三浦さんと一緒に書いた大きな理由の一つは、日本の国際貢献の暗部にフォーカスしたかったからなんです。

自衛隊が1954年に発足して、初めて海外に派遣されたのは1991年のことです。ペルシャ湾派遣ですね。そして、湾岸戦争後に諸外国から「小切手外交」と批判された日本はPKO法を成立させて、カンボジアに派遣します。

その時は、停戦合意が結ばれた平和な地域を支援するために行くという理屈が一つ、そして戦闘には巻き込まれない(軍事活動には参加しない)という理屈が一つあるから、憲法9条違反ではないというロジックでした。

しかし、現地は事実上内戦状態でした。つまり、言葉の言い換えで憲法9条との整合性を合わせて、現地に送っていたわけです。しかもそのカンボジア派遣から2017年5月に南スーダンから撤収するまでずっと世界のどこかに自衛隊は派遣されています。

派遣している限りは、自衛隊派遣は合法であると主張し続けなければいけない。これは民主党政権下でもそうでした。その25年の自衛隊海外派遣を、この機会にしっかり検証すべきではないかというところで、この本の執筆を進めたところがあります。

――本書をどのような人に読んでほしいとお考えですか?

布施:自衛隊の派遣は、カンボジアから始まり25年続いてきましたが、表に出ていない事実がたくさんあります。イラク派遣の際にも、開示請求した情報が、当初「廃棄済みでありません」と言われたのに、後から出てくることがありました。

こうした不健全な行政を止めるにはどうすればいいか。この日報問題を大きな材料にしてほしいし、今起きている森友問題の公文書改ざんとの共通点を見出してもらって、日本の政府と国民が対峙している本質的な問題について見直してほしいです。

去年から公文書の隠蔽・改ざんが省庁をまたいで多発しているのは、現政権の抱える共通した根っこがあると思います。でも、自衛隊の海外派遣に関する情報隠蔽は、実は安倍政権に始まった問題ではなく、1992年のカンボジアPKOからずっと続いている問題です。もちろん、かつての民主党政権も例外ではありません。防衛問題に関心にある方々だけではなく、一般の方々にもぜひ読んでほしいですね。

(了)

【参考ページ】
布施祐仁さんTwitterアカウント(@yujinfuse)
三浦英之さんTwitterアカウント(@miura_hideyuki)

日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

政権を揺るがした「南スーダン日報問題」の内実に、気鋭のジャーナリストが連帯して挑む、調査報道ノンフィクション。

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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