御年93歳 伝説の経営者が語るビジネスの掟
一代でパナソニックを築き上げた松下幸之助、京セラを創業後わずか12年で大阪証券取引所に上場させた稲盛和夫、ホンダを世界的バイクメーカーに育て上げた本田宗一郎。
ビジネスの世界には「伝説的経営者」と呼ばれる大物経営者が何人かいる。上述の三人が代表的だが、イトーヨーカ堂を設立、セブン-イレブン・ジャパンやデニーズ・ジャパンを築いた伊藤雅俊氏も功績の大きさでは負けていない。
伊藤氏のキャリアは1946年、母と兄が運営していた洋品店「ヨーカ堂」に参加したのがスタートである。『伊藤雅俊 遺す言葉』(セブン&アイ出版刊)は、そこから半世紀余りの間に「イトーヨーカ堂」を含むセブン&アイ・ホールディングスという巨大な企業グループを作り上げた氏が、青年時代から大事にしている哲学と信条をまとめた一冊だ。
■無一文で戦争から生還した知人を待っていた「信用」という元手
「商売の元手」「何をするにも元手が必要」などと使われる「元手」。これは「お金」のことだと考えられがちだが、伊藤氏はそれだけではなく「信用」も立派な元手だとしている。これには氏の戦争体験が深くかかわっているようだ。
戦時中、徴兵されたために商売を畳まなければならなくなった伊藤氏の知人は、取引先や借金をしていた相手にきれいに支払いを済ませてから、ほとんど無一文で出征していったという。当然、戦争が終わり外地から引き揚げて、商いで再出発といこうにもお金がない。
しかし、戦時の極限状態の中でもきちんと支払いの約束を守ったという実績を周囲の人は忘れていなかった。その実績が信用となり、昔の取引先は喜んで商品を卸してくれ、お金も貸してくれたという。逆に、戦後を見据えて商品やお金を隠し持っていた人もいたというが、戦災で焼失したり、インフレで紙屑同然になってしまうことも珍しくなったそう。
何があっても価値が減じない「信用」こそが、ビジネスで最も重視すべき「元手」だということがわかるエピソードである。
■先輩経営者から贈られた「多角化はするな」の金言
伊藤氏がビジネスで大切にしている信条はこれだけではない。
「本業に専心する」もその一つ。
事業が大きくなるにつれて、多くの経営者はビジネスの手を広げ、多角化させる誘惑に駆られるが、伊藤氏は経営者としての先輩にあたる欧米の小売業者から常々「多角化はするもんじゃない」と忠告を受けていたという。そして実際に多角化にはかなり慎重だった。
氏いわく、経済全体が伸びている時期は多角化にも成功の可能性があるが、低成長の時代は「本業」に専念するのが吉。
低成長の社会とは言い換えれば成熟社会である。高度成長期とは違い、消費者側には何を買うにも自分の好みのものを選ぶ心理的・経済的な余裕があるなかで、多分野にわたり市場と顧客のニーズを追いかけるのは並大抵のことではないというわけだ。
永久に繁盛する商売はないが、少しうまくいかないと別業種への鞍替えが頭をチラつくようでは経営者として失格。ビジネスを始めた動機と密接につながる「本業」を突き詰めるのが、経営を成功させる近道なのだ。
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ここではビジネスについての伊藤氏の信条を取り上げたが、『伊藤雅俊 遺す言葉』には、人生の選択や生き方など、氏が培ってきた智慧や哲学、考え方が広いテーマにわたって綴られている。
「孫の世代への遺言」だという本書。御年93歳の伝説的経営者の生涯と言葉からは、若い世代も学ぶべきところは多いはずだ。
(新刊JP編集部)