【「本が好き!」レビュー】『ファミリー・ライフ』アキール・シャルマ著
提供: 本が好き!彼の記憶にある限り、両親は互いに相手を悩ませてばかりいた。
決して仲のいい夫婦とはいえず、
意見を違えることも多かったが、
生まれ育ったインドを後に
一家でアメリカに移住することには意見の一致を見いだした。
もっとも、当初から積極的だった父と違って、
高校で経済学を教えるという仕事に満足していた母の方は、
乗り気だったわけではない。
それでも母が決心をしたのには、
当時のインドの政情の影響もあったが、
なによりも彼と兄、二人の息子の将来のためだった。
とりわけ両親が成績優秀な彼の兄・ビルジュにかける期待は大きかった。
栓をひねれば出るお湯、
ボタン一つで動くエレベーター
郵便受けに投げ込まれるカラーのチラシ、
大きな図書館
アメリカのあれこれに圧倒されるばかりだった彼の目には
兄はまるでアメリカで生まれ育ったかのように
すぐに周囲に溶け込んだようにうつったものだった。
だがそんな兄が超難関校に合格した夏に悲劇は起きた。
ビルジュは事故で寝たきりの状態に陥ってしまったのだった。
自分で体を動かすことはもちろん会話も意思の疎通もできない兄、
介護にあけくれて疲弊する両親、
決して元通りになることはない家族を前に彼は
“無事”でいることに後ろめたささえ感じてしまうのだった。
著者の自伝的な小説だというこの物語は
その内容からして決して明るいものではなく
しんどさをともないもするが、
文体は優しく細やかで読み心地は決して悪くない。
やがて中学生になった彼は
ヘミングウェイの伝記に出会うことで
心の支えを得ることになる。
自分が作家になりたいと思うのは、
兄や両親から離れた遠い場所に逃げ出すようなもので、
それは不誠実ではないかと感じながらも、
書くことが自分を変え、守ってくれるという事実は誤魔化しようがなかった。
日常のあれこれ、
たとえば朝、兄を入浴させる父を見つめながら、
父のパジャマが濡れて下着が透けてみえるまで透明になっていく様を
書いてみたいと思う。
その描写の中に、
自分たちの哀しみや苦しみが含まれているような
そんな文章を書いてみたいと彼は思うのだった。
おそらくこの小説で
著者が書きあらわしたかったことはまさにそれで、
家族を襲った悲劇を語る物語の行間から
哀しみも苦しみも喜びも互いへの愛情もと、
様々な感情がにじみ出てくる。
その直接的に表現されていない様々な思いをも
丁寧に掬い上げた翻訳もまたみごとだとしかいいようがない。
(レビュー:かもめ通信)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」