【「本が好き!」レビュー】『おもかげ』浅田 次郎著
提供: 本が好き!35歳の美しいあなたと地下鉄に乗りたい。
60歳のもっと美しいあなたと、静かな入り江を歩きたい。
80を過ぎて、もっともっと美しくなったあなたと、輝かしいふるさとの光を眺めながら、クリスマスを祝いたい。
まもなく終わる平成の時代。世間のオヤジたちの涙を誘った作家と言えば浅田次郎4;重松清3;門田隆将3であろう(当社比)。 会社の定年を迎えこれからという帰宅途上で倒れる主人公の男。意識不明で寝たきりの人でも話しかける声は聞こえているという話を軸に、孤児だった少年時代、結婚、最愛の息子の死などを振り返る。
テーマ的には「地下鉄に乗って」、「鉄道員」と同じ路線。だが非日常的な部分を臨死体験に置き換えたことで、ファンタジーから実際にありそうな話しに見事に味付けを変えている。戦争で手足と視覚、聴覚など触覚以外の全ての感覚を失った若者を描いた「ジョニーは戦場へ行った」に似た着想。
浅田次郎ならではのモノローグが秀逸。主人公、親友、妻、義理の息子、看護師。そして登場する謎の美女たち。散りばめられた伏線が過不足なくクライマックスに向けて収束していく。職人を越えて名人の域に達している。
“地下鉄愛”に満ちた1冊。丸ノ内線と銀座線。ブエノスアイレスから里帰りした赤い車両。レトロ調で復活した新車に着想を得たのかも。 当時最先端だった地下鉄、駅から続く漆黒の闇。駅に近づくと消灯した当時の車両。そんな小道具が活きている。 戦争体験と戦後の復興期がビビッドに描かれている。 そうだ、主人公よりもう一回り上の世代は戦争を体験している。
どうして彼らは後輩たちになにも語らず、あんなにも知らんぷりができたのだろう。何もかもなかったことにしなければ、生きてゆけなかったのだろうか。
昭和2年に開通し戦争を体験した銀座線。戦後の復興期の昭和28年に開通した丸ノ内線。赤坂見附駅の同一ホームの乗り換え、地下鉄が上を走る四ッ谷駅。など、地下鉄の舞台が活きている。
間違いなく感動作。時代小説の「壬生義士伝」に匹敵する浅田次郎の最高傑作であることは間違いなしです。
(レビュー:臥煙)
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