イラク戦争が生んだ奇才作家の短編集がすごい
暴力と死が、自宅の庭の草木のごとく身近にあるのがイラクである。フセイン政権崩壊の悪夢のような混沌がこの『死体展覧会』(ハサン・ブラーシム著、白水社刊)という物騒なタイトルの短編集に置き換えられている。こんなものにはフィクションでしか触れたくはないが、一連の作品群から匂う血液や爆弾でバラバラになった手足やガラス片が突き刺さった頭部は、残念ながら現実なのだ。
作者のハサン・ブラーシムは暴力にストーリーを与えない。人々の見たままの暴力と死が、理不尽なまま主人公(=市井の人々)の友人や知人、家族の命を奪っていく。人々は独裁政権下だった頃もレアル・マドリードの選手の名前を知っていたのに、独裁が終わった後にはじまった米軍の攻撃について何も知らないまま、ある日唐突に吹き飛ばされて死ぬ。
異常な状況下では、えてして生まれやすい噂話や陰謀論、伝説の類が、作中で際立つ。単なるフィクションとしての味付けなのか、それとも「俺たち、こんなことを本当に信じていたんだ」というある種の告白なのか。亡命イラク人によるこの作品集は、私たちの常識では計り知れない部分があまりにも大きい。それは小説としてのスケールだと言い換えてもいいのではないか。
イラク戦争が生み落とした奇才の作品群からは、恐怖や驚異、困惑など、生の感情を呼び起こされるはずだ。
文:山田
『死体展覧会』
著者:ハサン・ブラーシム
翻訳:藤井光
出版社:白水社